コラム

農業コンサルタントが教える いちごでの新規就農に向けた計画づくり③

独立就農するということは、経営者になるということ。起業にさまざまな準備が必要になるように、農業を始めるにも事前の段取り、「計画」が重要です。農業を専門とするコンサルタントが、新規就農をするにあたっての計画づくりの手法を全3回でお伝えします。
最終回となる今回は、第2回に引き続き栃木県内の新規就農者に人気の「いちご」を例に、計画作成のステップを説明します。



INFORMATION

執筆:中野 慧 氏

なかの・けい|アグリコネクト株式会社コンサルティング事業部マネージャー。東京大学卒業後、2013年に野菜品種の育種・販売を行う みかど協和株式会社(当時)に入社。海外営業エリアセールスマネージャーとして、オセアニア・南米・北米の大規模農業法人との取引に携わる。2018年にアグリコネクト株式会社に参画。売上1~8億円の農業法人を集めた研究会を運営。また、個別の経営体支援として、経営理念の作成・組織づくり・生産性改善・財務管理等を行っている。
https://agri-connect.co.jp/


この記事は、農業に興味をもち、新規就農を検討している方々や、実際に就農に向けた研修を受けている方々を対象に、「いかに事業計画をつくるか」を解説しています。

題材として新規就農者に人気の品目であるいちごを取り上げていますが、その他の品目を検討している人も、同様のステップで計画を立てることができます。

前回は事業計画のうち経営のゴールを明確にする「経営理念」「ビジョン」、ゴールまでの自分の現在位置やビジネスをとりまく諸条件を見極めるための「環境分析」について解説しました。今回はそれらの分析を基に、数年単位の大まかな計画と、直近の具体的な計画を立てていきましょう。




農業コンサルタント監修
事業計画書のフォーマットをダウンロード


中長期計画


中長期計画というのは、3年から5年程度の期間の計画のことです。経営は少し先の未来からの逆算なので、まずは、経営がある程度軌道に乗って十分な所得が得られている状態を描くことからはじめましょう。

数字を考えるのは少し難しいかもしれませんが、以下のステップを踏んでいくとよいです。


「経営指標」を準備する

自身の計画を考えはじめる前に準備しておきたいものがあります。自身が就農しようとする地域・品目での「経営指標」です。とくに、以下のような情報が重要です。

  • 面積あたりの売上、費用などがまとまったもの(損益計算書)
  • 面積あたりの月ごとの作業と労働時間
  • 経営開始にあたって必要な設備とその金額

 

地域や品目によっていろいろなバリエーションがあり、ひとつにまとまっていなかったり、すぐには見つからない情報があったりするかもしれませんが、就農を希望する自治体に問い合わせると提供してもらえると思います。どうしてもないようでしたら、違う地域の指標を複数手に入れて比較するとよいです。
こうした経営指標の数字が、計画を立てるうえでの拠り所になります。


県や市町の新規就農者支援担当者に、計画について相談ができます。経営指標の有無を問い合わせるのと同時に、就農についての相談ができないか、問い合わせてみるとよいでしょう。


オンラインでも対応!相談するなら
栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ


栃木県のいちご(品種:とちあいか)の経営指標は以下のようになっています。

収支

※令和6年1月現在の試算になります。

20a当たり収量(kg)

10,000 

12,000 

14,000 

16,000 

粗収益(千円)

12,500 

15,000 

17,500 

20,000 

経営費(千円)

9,980 

11,130 

12,230 

13,330 

 種苗費

80 

80 

80 

80 

肥料費

250 

250 

250 

250 

農薬費

650 

650 

650 

650 

修繕費

50 

50 

50 

50 

諸材料費

900 

900 

900 

900 

動力光熱費

500 

500 

500 

500 

賃借料

500 

500 

500 

500 

出荷資材費

1,100 

1,300 

1,500 

1,700 

運賃・手数料

2,200 

2,600 

3,000 

3,400 

共済掛金

300 

300 

300 

300 

支払労賃

450 

1,000 

1,500 

2,000 

減価償却費

3,000 

3,000 

3,000 

3,000 

所得(千円)

2,520 

3,870 

5,270 

6,670 

これによると、仮にいちごを10トン収穫・販売できれば252万円の所得を、12トンであれば387万円の所得を見込めます。就農直後は技術が不十分であまり収量を上げられないかもしれませんが、栃木県としては、10aあたり7トン、20aで14トンの収量を就農5年目で達成することを目標として設定しています。


労働時間



2人でいちご20aを栽培する場合、10月から5月にかけては多少の雇用をして労働力を確保することが必要になります。反対に、6月から9月にかけては余裕がありますが、これは裏返すと、売上につながる生産的な活動をしようと思ったら通常のいちご栽培以外のことに取り組まなければならないということでもあります。

就農前に、自分たちの時間の使い方をある程度考えておくとともに、労働力確保の当たりをつけておきましょう。


初期投資 

※令和6年1月現在の試算になります。

設備投資費用

品名等

金額(千円)

パイプハウス(かん水設備・ウオーターカーテン有)7棟

14,100 

育苗用パイプハウス 1棟

3,000 

井戸掘削、配管 一式

7,000 

電気工事 一式

1,300 

予冷庫(1.5坪、1台)

700 

出荷調整施設

1,500 

軽トラック(1台)

700 

動力噴霧機(1台)

500 

うね立機(1台)

280 

炭酸ガス発生装置(7台)

1,400 

ラップ機(1台)

1,500 

収穫用コンテナ(100個)

50 

収穫用台車(3台)

45 

背負式動力噴霧機(1台)

30 

小農具(スコップ、レーキ、鍬、はかり、薬剤散布用タンクなど)

40 

硫黄くん蒸器(16台)

320 

合計金額 ①

32,465 


1年目の資材等の費用

品名等

金額(千円)

種苗費(定植苗の親株)

80 

肥料費

250 

農薬費

650 

諸材料費(育苗培土、灌水チューブ、ポリマルチ等)

900 

賃借料

500 

動力光熱費

500 

出荷資材費(10aあたり収量6tの場合)

1,300 

共済掛金

300 

支払労賃(10aあたり収量6tの場合)

1,000 

合計金額 ②

5,480 


初年度投資額総計 ①+②

37,945 


上記は、経営開始時に必要になる出費の合計額です。つまり、最低限これだけの金額を何らかの手段で確保しておくことが必要になります。
このうち「設備投資費用」は複数年にわたって使用できる設備等で、壊れることがなければ2年目以降に買い直す必要はありません。


とくに金額の大きい減価償却費対象物の購入については、借入をする必要があるでしょう。農業では、「青年等就農資金」という無利子の融資があります。これを受けるためには認定新規就農者になることが必要なので、このためにも、しっかりと青年等就農計画を作成して認定を受けられるようにしましょう。



ワンポイント 減価償却とは?



「減価償却」という言葉があまり聞き慣れないものかもしれないので、簡単に説明をしておきます。


まず、お金を出して物を買うというのがどういうことかを考えてみましょう。5万円を支払って、肥料を買ったとします。このとき、5万円と肥料を交換しています。肥料に5万円の価値があるので、交換した時点では、資産の総額は変化していません。しかし、肥料はまいたらもう使えなくなります。だから、肥料を5万円分購入し、その肥料をつかったら、その肥料費5万円は費用として、利益(所得)を計算するときに売上から差し引きます。


続いて、140万円でトラクターを購入する場合を考えてみましょう。140万円とトラクターを交換したわけなので、現金は減りますが、資産の総額は変化していません。
肥料の場合と違うのは、トラクターは使用しても無くならず、複数年にわたって使い続けられるということです。140万円支払ったとはいっても、それによって資産が140万円減るわけではありません。だから、購入した年に費用として140万円を計上する、というのは不適切です。
しかし、トラクターは永遠に使い続けられるわけではありません。使い続ければ故障して修理が必要になり、そのうちに完全に使えなくなってしまうでしょう。そこで、設備の種類ごとに何年程度使用できるかが「耐用年数」として定められており、取得金額をその耐用年数で割った分だけ毎年その資産の価値が減っている、つまり費用がかかっている、とみなすことが会計上のルールになっています(定額法の場合)。
トラクターの耐用年数は7年となっていますので、140万円のトラクターなら、毎年20万円分ずつ資産価値が減る(=費用がかかる)とみなすわけです。この20万円を「減価償却費」と呼びます。


費用というと現金を支払ったものをイメージしがちですが、より広く捉えると、資産が減ることが費用なのです。


ちなみに肥料のような材料も、年度末に使用しない状態で残っていれば「棚卸資産」となって、資産としては減っていないので、費用にはなりません。


所得目標の設定

ここまでの準備が整ったら、いよいよ、計画を立て始めます。まず、自身の所得目標を明確にします。

今後数年間、できれば10年くらいの、年ごとの大きなイベントを書き出してみます。たとえば、お子さんが進学すると学費が大きくなるかもしれませんし、家の購入や車の買い替えをするかもしれません。こうした支出の増加や特別な支出に通常の生活費等を加えて、いつ・どのくらいの所得が必要かを見積もります。

ここから、経営が安定した状態での所得目標を決めましょう。


所得・売上・生産規模のバランス


経営の数値目標を決めるうえでは、所得、売上、生産規模(面積)の3大要素のバランスを考えることが大事です。所得の目標を決めたら、その所得を実現するためにどのくらいの売上を立てなくてはいけないのか、その売上を立てるためにはどのくらいの生産規模が必要なのか、指標をもとに考えます。

栃木県のいちごには上記の通り生産面積20aの場合の詳細な指標があるので、まずはこれを基準に、20aという規模でよいかどうかを検討してみます。この指標は家族2人と少数のパート雇用で営農するモデルなので、この前提と大きく異なる条件で就農する場合は、適切な規模を計算して割り出します。

たとえば、所得の目標が600万円だとします。20aあたり収量は、栃木県の目標は14,000kgですが、安全のため12,000kgで計算するとしましょう。そうすると、20aあたりの所得は534万円です。600万円の所得を得るためには、600÷534≒1.12倍の規模、つまり売上は1380万円*1.12=1546万円、面積は20a*1.12=22.4aが必要となります。

 

ただし、このとき労働時間を加味しなければなりません。面積を大きくすると自分だけでは管理しきれず、パート・アルバイトなどの雇用をすることが必要になるからです。

そこで、月ごとの労働時間の指標を参考にします。「いま想定している面積での労働時間」が「自身が使える労働時間」を上回っているようでしたら、その分は雇用する前提で考えるのが無難です。すると費用が想定より増えて所得の金額が減るため、面積を多少増やさなければ、となります。

 

こうした微調整を経て、目標とする所得・売上・生産規模という大枠を仮決めします。


その他のコストの見積もり

ここまでが決まったら、その他のコストを確認します。経営指標にある、材料費や動力光熱費など、各項目を見ていきます。最初に計画を立てる段階では指標の数字そのままでよいでしょうが、実際にはどのような設備を建てるか、どの資材を使うか、どの資材店と取引するかなどによって変わってきます。

これにはどうしても、研修先や地域の農家さんにヒアリングしたり、資材店で確認したり、見積もりをとったりといった手間が必要になります。しかし、この手間をかけることで計画の精度が高まりますし、いろいろな情報を仕入れることでよりよい条件での調達ができるようになるかもしれません。

 

このように実際のコストを見積もり、もし所得の目標がやはり達成できなそうだとなれば、あらためて大枠の売上・生産規模を微修正していきましょう。


当期計画


早い段階での計画が目標達成への近道

中長期的な目標を描いたら、そこにどのように到達するのか、年間の具体的なアクションを考えていきましょう。就農の初年度にいかに学べるか、また、就農前の研修段階でいかに学べるかが、目標にいち早く到達するための鍵になります。

 

とくに、研修中の方、これから研修を受ける予定の方にも、ぜひ早い段階で計画を立ててもらいたいです。計画を立てることで、自分に何が足りていないか、何を学ばなければならないかが、より明確になるからです。

研修中に学ぶことに無駄なことはないかもしれませんが、研修中にすべてを学ぶことは不可能です。プロの農家も、日々学ぶことの連続です。そうであれば、「いつか役に立つかもしれないから」とすべてを学ぼうとするのではなくて、「これは絶対に必要な情報だ」と思えるものから優先的に学んでいくべきです。

 

もちろん、栽培の技術を一通り学ぶことは、何よりも大事なことです。しかし、栽培だけを学んで、プラスアルファのことができなければ、うまく経営を始めることは難しいでしょう。事前に計画を立てておけば、たとえば「使用した肥料や農薬の種類を記録して、単価を調べておこう」とか、「現場だけでは分からない植物生理学の参考書を読んでおこう」とか、「労働時間を目標内に収められるように、いまのうちから時間を計っておこう」といったような、経営の実践に活きる経験と知識を得られるようになります。


当期計画は中長期計画を具体化しながら作成

具体的な計画を立てるためには、中長期計画を見ながら、数字の根拠があいまいなところを一つひとつ確認していきます。そのうえで、そのあいまいさを解消するために必要な情報やスキルを書き出してみましょう。このリストをいかに消化していくかを決めることが、当期計画をつくることになります。

 

このときのコツは、1日で完了させられるくらいまで、実施事項を分解すること。たとえば「いちご栽培の勉強をする」というのは漠然としすぎていて、終わりが見えません。「いちごの病害虫防除について学ぶ」というのも、一日では無理でしょう。「病害虫防除についての本○○を読み始める/読み終える」「病害虫防除の研修を探す」「病害虫防除の研修○○を受けに行く」といった、一日でできるくらいの具体的な細かさにまで落とし込むことが、実際に行動を起こすためのコツです。


最初の、知識がない状態では、年間の計画を立てることは難しいかもしれません。その場合は、最初の1か月だけでも構いません。何かしら行動を起こし、知識やスキルを身につけていけば、次に何をすればよいのかが見えてきます。


計画を立てた後も、その計画にこだわりすぎないことが大事です。計画は、つねに振り返り、更新していくことで、本当の価値を発揮します。成長すると、もともと見えていなかったものが見えるようになります。そのとき、計画をよりよいものへと修正し、行動を変えていく柔軟さをもつことが、事業の成功には必要なのです。


さいごに 研修中にしておくべきこと20

最後に、これから就農しようとする人のために、研修期間中にしておくとよいことの例を紹介します。
栽培のことについては研修で学ぶので、あえてそれ以外のテーマからリストアップしています。

計画を立てて実践し、PDCAを回すことを研修期間中から練習しておきましょう。

1.管理会計原価計算や資金繰り管理などの方法を学ぶ
2.資金調達融資の仕組みを理解し、お金を借りる準備をする
3.事業用口座事業用に銀行口座とクレジットカードを作り家計と区別する
4.会計ソフト会計ソフトを導入して入出金が自動的に記録されるようにする
5.資金繰り表毎月末の預金残高がどう推移するかを予測する表を用意する
6.簿記簿記の基本や青色申告の方法を学ぶ
7.労務雇用にあたっての手続きを学ぶ
8.マーケティング顧客理解や商品開発、ブランディングの基本を理解する
9.顧客設定事業コンセプトを明確にするため顧客像を明確にしておく
10.販路開拓販路として候補となる業者等をリストアップしアプローチする
11.営業資料作成事業紹介・商品紹介・名刺などを作成する
12.Web活用自身の事業を紹介するためのWebサイトやSNSを準備する
13.優良農家視察自身が目標にするような経営をしている農家から実地で学ぶ
14.農業の基礎知識土壌学・植物学・気象学などの基本的な理論を学ぶ
15.収穫後の処理収穫後の保管、加工、品質管理の方法を習得する
16.農業法規農業に関する法律・条令・規制・補助金の情報を集める
17.品質管理品質管理や現場改善の一般的手法を学ぶ
18.ネットワーキング地域の農家や関連団体とのネットワークを構築する
19.食品安全食品の安全・衛生を担保する手法を学ぶ
20.デジタルパソコンやアプリを使った自動化・クラウド化を進める

就農後の計画を立てる練習としても、限られた時間を有効に活用するためにも、まずは研修期間中に何をどのように学ぶのか、計画してみてはいかがでしょうか。


迷ったらとりあえず相談

こうかな?どうかな?と
悩む時間はもったいない!
気軽に相談してみよう!

相談してみる

戻る