事例紹介

第三者継承で初期費用を大幅削減!40代からの新規就農で営業職からいちご農家に

農業資材メーカーの営業をしながら「やりたい農業の形」を明らかにして、JAや行政機関のサポートを受けながら理想を現実のものにした岡本広太さん。新規で始めると高額な設備投資が必要となるいちごの高設栽培を、第三者継承することで半額以下の初期投資でスタートさせました。第三者継承に至った経緯や、新規就農者研修、経営開始から2年目を迎えた現在の農園の様子、今後の目標などについて伺いました。



INFORMATION

岡本広太さん

おかもと・こうたさん|栃木県佐野市出身。就農2年目。農業資材メーカーの営業職を経験後、新規就農で「岡本いちご園」をスタート。いちごの高設栽培の施設を第三者継承し、妻と、妻の姉と3人でいちごの栽培を行う。いちご栽培の技術は、とちぎ農業マイスターの小林秀男さんの元で習得。現在は、18aの連棟ハウスで1万2,000株の「とちあいか」を栽培。1作目の売上は約1,600万円。


農業資材メーカーの営業を経て、農業での起業を決意


岡本さんは41歳で就農されました。それまでのご経歴を教えてください。


農業資材メーカーの営業職として、いちごや水稲関係の資材をメインに販売していました。


長年勤めてきた会社を退職して、就農しようと思ったきっかけは何だったのですか?


大学時代に「空き店舗対策プロジェクト」に参加した際に、私の企画が採用されて、県内で喫茶店を経営した経験があるんです。学生のころから、好きなことで起業したいという思いはずっとありました。農業資材メーカーに就職してからも、きっかけがあれば「社長になりたい」と考えていて、佐野市の「創業塾」にも参加したんですよ。
サラリーマンを20年ほど続けていましたが、営業で農家さんにお邪魔するうちに、「よくよく考えたら、農家さんも社長じゃないか」と気づいて(笑)。いちご農家なら、いちごの資材を扱っていた経験や知識が生かせると思いました。


40歳目前のタイミングで農家になる決意をされたのですね。


子どもはまだ4歳で、お金がそんなにかかる年齢ではないですし、大型の借り入れをしても、大学進学までには返済できそうだと思いました。やるなら今しかないと。
妻と子育てのこともしっかり話し合い、たとえば夜に仕事をしなければいけないときは私が担当して、妻は子どもの世話をするなど、ルールを決めたので、二人で農業を始めることに不安や抵抗はなかったです。


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第三者継承でいちごの高設栽培の連棟ハウスを受け継ぐ


「いちご農家をやるなら高設栽培」と決めて、中古の施設探し

農業を始めるために、まず何から準備を始められましたか?


前職でいろいろないちご農家の仕事を見て、いちごを作るなら高設栽培(※)がいいと思っていました。20年先のことを考えると、立ったまま作業できて姿勢が楽な高設栽培の方が長く続けられるだろうと。収穫時にも汚れにくいのでスニーカーでも作業ができ、仕事がしやすいんです。


(※)高設栽培とは

腰のあたりの高さに設置した栽培ベンチに、いちごの苗を植えて育てる方法。これにより収穫が楽になり、作業効率が高まる。初期投資やランニングコストが通常の土耕栽培より大きくなるデメリットがある一方、肥料や水やりなどの管理がしやすくなるメリットも。



農業資材の営業をしていたので、高設栽培の施設を作る場合、とても高額になるということはわかっていました。全部新品で揃えると大変なことになるので、まずはJAに高設栽培の中古物件があるかどうか問い合わせました。
すると、こちらの条件にマッチする物件が、1つだけあったんです。


希望の条件にマッチする中古物件に出会えたのは、かなりレアケースと言えるのではないでしょうか?


私は第三者継承(※)という形で18aの連棟ハウスを譲り受けることができましたが、高設栽培の中古ハウスはなかなか見つからないと思います。
ただ、そっくりそのまま居抜きのような形で使用できるわけではありませんでした。数年前に水害があったので、使えたのは外側の骨組みと栽培用のベンチ、高設の骨組みだけでしたから。
電気系統は基盤の一部が使えたのと、井戸水をくみ上げる水中ポンプもセットで譲り受けることができたのは助かりました。


いちご栽培を始めるときには、井戸を掘って地下水を組み上げるポンプなどの設備も必要になりますから、その費用がかからないのは大きなメリットですね。


ポンプがあるかないかで数百万円は違ってくると思います。連棟ハウスの購入資金に加え、修繕費用などはかかりましたが、新しくハウスを建てることを考えると、費用はかなり圧縮できました。


(※)第三者継承とは

農業従事者の高齢化が進む昨今、後継者がなく農地や施設が活用されず、耕作放棄地となるケースも多く見受けられるようになりました。その一方で、新しく農業を始めたいと考える人も増加しています。
「第三者継承」は、先代農家に後継者がいない、または家族が事業を継ぐ意志がない場合、農家の有形・無形の資産を家族以外の人が引き継いで事業を継続する取り組みのことです。継承希望者と後継者がいない農家の両者がお互いに利益を得られる方法です。


農地は借地ではなく、購入を決断


連棟ハウスのほかに、農地の確保はどうされたのですか?


農地については当初、借りるつもりだったのですが、思いきって購入することにしたんです。
たとえば10年間農地を借りていたとして、10年後に購入することになったときに、10年前も10年後も値段が変わらないのであれば、自分のものにしておいた方がいいと考えました。


新規就農の場合、農地は借地でスタートするパターンが多いのですが、岡本さんは購入されたのですね。


前の持主の方が、農地を譲ってもいいと言ってくださったので、購入できたというのもあります。
これから経営をスタートさせるというときに、手持ちの資金は少しでも多く残しておいた方が安心ですよね。でも私は、先々のことを考えた結果、本圃(ほんぽ・いちごの苗を定植して育てるほ場)のほかに、育苗ハウスと作業場を作るための土地も購入しました。


JA 、県農業振興事務所、市の農政課が一丸となって就農計画をサポート

土地と施設が見つかり、就農に向けてどのように準備を進めて行ったのでしょうか?


まずJAに、土地や施設の購入費用と修繕費用、運転資金がどれくらい必要か、といった見積もりを出してもらいました。ある程度シミュレーションをした後、今後の経営計画を立てたんです。JA、県農業振興事務所、市の農政課の担当者と一緒に計画書を作成しました。


通常、高設栽培を始めるときには、1億円程度の設備投資が必要になります。私の場合は、第三者継承で高設栽培のハウスを継承できましたが、それでも最初の見積もりでは約4,600万円の資金が必要でした。
自己資金は600万円ほどで、それ以外は融資を受けることになりますが、個人でそれだけの金額を借り入れることはなかなか難しいです。補助事業や中古品を活用してなんとか費用を圧縮できないかと、JAや市の農政課で対応策を検討してもらい、結果的に3,000万円を切る金額まで抑えることができました。


全体の予算を圧縮するために、どのような補助事業を活用されましたか?


連棟ハウスは、国の「産地生産基盤パワーアップ事業」を活用して、ハウスの外側の骨組みと、栽培用のベンチの骨組み以外はすべて修繕しました。電気系統も基盤の一部以外、水害で故障していたので取り替えて、1,300万円の補助金を補修に充てました。
育苗ハウスも、きゅうり農家から骨組みを購入した中古品なのですが、移設費やビニールの張り替えに、県の経営資源有効活用リフォーム支援事業の補助金125万円を活用しました。あとは、国の経営開始資金(年間150万円)の交付を受けています。
JAや県農業振興事務所、市の農政課が、いろいろな対応策をかき集めてくださって、とても助かりました。


資金計画を作成するにあたり、JAや行政機関から手厚いサポートがあったのですね。


JAや県農業振興事務所、市の農政課の担当者には、きめ細やかなフォローをしていただきました。日本政策金融公庫など金融機関の融資担当者も交えて返済計画を話し合うときには、その場に同席もしてくださったんです。
いちご栽培に関する過去のデータから導き出した年間の見込み収入額や就農後のリスクなどを考慮して返済計画に無理がないか、融資担当者に詳しく説明をしていただき、スムーズに融資を受けることができました。
必要な経費を差し引いた金額で生活していけるかどうかまで話し合いを詰め、とても心強く感じましたね。


佐野市でいちご栽培を始めるなら、栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ

 


とちぎ農業マイスターのもとで1年間栽培技術を学ぶ


土地と施設が見つかった後、いちごの栽培研修を開始

岡本さんは、農地や施設が先に見つかり、その後1年間新規就農者研修を受けられたのですね。


佐野市のいちご農家、とちぎ農業マイスターでもある小林秀男さんの元で研修を受けました。前職の関係で、当時JA佐野苺部会の副部会長を務めていた小林さんとは面識がありました。
小林さんの元では、いちご栽培の育苗から収穫・出荷作業までの一連の流れを学ばせていただきました。スカイベリーととちあいかを栽培していて、高設栽培と土耕栽培の両方のやり方を経験できましたね。


研修期間は1年間しかないので、この期間に全て吸収しようとメモをとったり、質問したり、その場その場で全部覚えようと必死でした。

研修を受けながら、高設栽培でいちごを育てているほかの農家さんのところにも足を運び、それぞれの栽培のしかたを伺って、知識を蓄えました。師匠の小林さんは「オレのやり方が信用できないのか(苦笑)」って嫌がっていましたけれど(笑)、広い心で受け止めてくださっていました。


常に疑問を持ち、師匠の経験と勘を自分なりに言語化しておくことは重要

小林さんのところで研修中も、ほかの農家さんに出向いて熱心に勉強されていたのですね。
これから研修を受けたいと思っている方へ、「こんなことをしっかり学んでおいた方がいい」など、アドバイスがあればお願いできますか?


師匠は、長年の経験と勘でその日の天気を見て対応を決めたり、作業内容を変えたりします。そのときに、「なぜそうするのか」理由を聞いた方がいいですね。
たとえば、農薬を使用するときにも天気は重要で、「早く乾いた方がいいから晴れている午前中の間にやってしまおう」とか、必ず理由があるんです。


研修中は「この病気、この害虫にはどんな農薬を使えばいいのか」を覚えることで頭がいっぱいになりますが、実際に自分のほ場で作業する際には使用するタイミングがわからなくなることがあります。どの薬が効くかはわかっていても、いつやるのか、この薬を使った後に別の薬を使っていいのか迷うことも…。
インターネットで調べることもできますが、師匠が長年かけて築いた熟練の技術は、直接ご本人に聞いて自分で言語化しておくと後で役立ちますよ。
私は本を読んで勉強もしました。


岡本さんがおすすめする、いちご栽培関連の書籍

  • 『イチゴつくりの基礎と実際』齋藤弥生子 著(農山漁村文化協会
  • 『ハウスの環境制御ガイドブック』斉藤章 著(農山漁村文化協会
  • 『イチゴのの高設栽培』伏原肇 著(農山漁村文化協会
  • 『イチゴで稼ぐ!』(イカロス出版)
  • 『農業の動向としくみがよ〜くわかる本』中村恵二 著(秀和システム)

2023年4月から新規就農。妻と二人三脚で「とちあいか」を栽培


1作目の売上は約1,600万円を達成

2023年4月から経営をスタートされました。現在の栽培面積や従業員など、農園の概要について教えてください。


20aの土地に高設栽培の連棟ハウス18aがあり、1万2,000株の「とちあいか」を定植して栽培しています。育苗ハウスと事務所兼詰め所は、10aほどの広さです。

作業を行っているのは、私と、妻、それからパートで妻の姉が来てくれています。


1作目の売上を教えていただけますか?


1作目は全体で約1,600万円の売上になりました。10aあたりの収穫量は6.8tで、販売金額で考えると880万円程度です。


農業は子どもに働く姿を見せられる仕事

就農して1年が過ぎました。農業を始めてよかったと思うことや、魅力に感じていることはどんなことでしょうか?


農業は、子どもに仕事をしている姿が見せられるので、そこがいい点だと感じています。まだ小さいので、仕事をすべて理解はしていないと思いますが、物を作って売っている仕事、というのはわかっているんじゃないでしょうか。サラリーマン時代は、夜遅くに帰ってきて、疲れてる姿しか見せられませんでしたので、何の仕事をしているか、わかりづらいですよね。


師匠や地域の仲間とのきずなに支えられている

佐野市は農業部会のメンバーの仲が良く、情報交換やコミュニケーションがしやすい環境なんです。研修先が同じだった先輩農家もすぐ近くにいますし、師匠には何かあると相談しています。ここにもよく来てくださって、とてもありがたいです。佐野市で農業ができてよかったですね。


いつでも相談できる先輩や仲間の存在は心強いですね。今はとても順調に進んでおられるように感じますが、今後、改善が必要なことや課題に感じていることはありますか?


私たちは家族経営のため、家族が病気などで長く休まなければならない場合、仕事が回らないという心配は常にあります。作物は生長を止めてはくれませんので、そういった部分にはプレッシャーを感じています。
人手は現時点で十分なのですが、緊急時に対応できるような柔軟な体制を整えることは必要ですね。今後の課題です。


新規就農についての相談は、栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ


栽培と出荷のタイミングを調整し、効率的に収益を上げていくことが今後の目標


1作目の収穫は大きな問題もなく売上も順調でしたね。今後の目標を教えてください。


売上に関しては、来期も現状が維持できればいいなと思います。作業面では、いちごが市場にたくさん出回る前にたくさん収穫して、単価が高いうちにたくさん出荷することが目標です。
いちごは春以降、5月ごろにはだんだん品質が落ちてきてしまうので、出荷の後半は品質を維持しながら収穫したいですね。できれば早めに収穫を終えて、翌年の準備を余裕を持って行いたいです。あとは、まだ先になりますが、将来的にはフードロスや福祉関係の活動にも取り組みたいと考えています。


これからいちご農家として働きたい人へ、アドバイスや応援メッセージをお願いします。


新規就農で、いちご栽培を目指す人の中には、いちごスイーツの店をオープンしたいとか、夢を抱いて始める場合もあると思いますが、作るスキルと売るスキルは別です。初心者のうちから品質管理やクレーム処理、運送会社の手配など、初めからすべてを自分で行うには無理があります。いちご農家を始めたら、仕事に慣れるまでは栽培に専念することがおすすめです。販売先はJAがあるので、きちんと作れば売上も確保できます。


栃木県はいちご農家に対するサポート体制が充実していて、市の農政課や県の農業振興事務所、JAのほかにも、先輩農家など多くの相談先があります。新規就農者でも農業を始めやすい環境です。
第三者継承に関しては、希望の地域で理想の中古物件に必ず出会えるとは限りません。まずはワンストップ相談窓口に相談してみてください!


さいごに

スタート時から10年後、20年後を見据えて就農計画を立てている岡本さん。前職の知識や行動力、そして人脈を生かして、新しい一歩を踏み出していました。先輩農家の教えを取り入れて、自分でも日々作業の効率化を検証し、1作目から十分な売上の確保に成功。今後も先を見据えた農業で、着々と目標をかなえていく、そんな岡本さんの姿が目に浮かびます。


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