事例紹介

妻の実家の農業を継ぐと決め、東京から栃木へ単身移住!スマート農業で稲作農家の未来を拓く

東京から那須町に移住し、妻の実家で親元就農した八木さん。東京に住む家族と離れて暮らす二拠点生活を選び、就農を決めたきっかけは何だったのでしょうか。併せて、八木さんが感じた親元就農のメリットについても聞きました。



INFORMATION

八木 恵太さん

やぎ・けいた さん | 埼玉県川越市出身。都内でWEB関係の仕事をしていたが、令和元年より単身で那須町に移住し、妻の実家である有本農園に就農。義父の有本孝之さん(栃木県農業士)から農業のノウハウを学び、現在は専務取締役を務める。就農6年目の今は、30haの農地で義父とともに水稲栽培を行う。ほ場管理ソフトやドローンなどのスマート技術を積極的に取り入れ、作業の効率化にも努めている。


義父のモノづくりを尊敬し、妻の実家の稲作農家の継承を決意

義父の有本孝之さん(左)と八木恵太さん(右)

就農以前の経歴について教えてください。


都内でWEBコンサルティング会社のディレクターとして働いていました。マーケティングやコンサルティング、プロモーションなどのアイデアを考えたり、さまざまな企業のホームページやWEB動画制作などを中心に行っていました。


稲作農家である奥様の実家で親元就農された経緯について教えてください。


妻の実家に帰省して、料理をふるまってもらっていると、義父が「うちの米はうまいだろう?」と自信満々に言うんです。確かに義父が作るお米は、日ごろ外食などで食べているものとは全然違っていて、本当においしかったんですよ。
最初は農業にまったく関心がなかったのですが、「義父はきっとすごいモノ作りをしているんだろうな」と思い、だんだんと興味を持つようになりました。義父が農業のことをおもしろおかしく話しているのも「すごいなぁ」と思って聞いていましたね。良いこともあればきつい話もありましたが、全部ひっくるめて「良いな、おもしろいな」と思えました。


農業に興味を持ち始めた八木さんに、お義父様からは後を継いでほしいというようなお話があったのでしょうか?


いえ、「農業をやらないか」と誘われたことは一度もありませんでした。
妻は三姉妹で農業を継ぐ後継者がいないので、義父は老後のことを考えて規模を縮小するつもりだったようです。
後継ぎがいないなら、私がやれば仕事を引き継ぐことができるし、家族を幸せにできるのではないか、と私自身が考えました。


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週末に新幹線で妻の実家へ通い、1年かけて就農準備を行った


奥が深くて繊細。何もかも想像と違っていた稲作の現実

就農を考え始めてから、どのように行動されましたか?


まずは1年間やってみようと思いました。とにかく決められた仕事をオペレーターとしてこなせるか、というところからのスタートです。仕事を続けながら週末だけ那須町の妻の実家に通い、作業を手伝いました。
義父も私がどこまでできるのか、見てみたいと思っていたと思います。


手伝ってみていかがでしたか?


初めは、土手の上り下りすらできなくて、田んぼに入ることができませんでした。
農薬や肥料の話を聞いても「何ですか、それ!?」という感じでしたね。栽培にはそういう資材が必要なんだな、と初めて知りましたし。米づくりは奥が深いし、繊細だし、何もかもが想像と違っていました。
今思うと、農業を甘く見ていましたね。


自分に農業ができるのか?不安を払拭してくれたのは義父の丁寧な指導

作業に慣れるまで苦労されたと思います。お義父様の教えで印象に残っていることはありますか?


義父は栽培技術よりも先に「安全管理」について厳しく指導してくれました。私は、もちろん農機具の操作も初めてです。どういう状況が危険なのかわからず、無理な操作をしては義父に本気で注意されていたのを覚えています。安全を第一に考えた義父の指導はありがたかったです。


義父は長年の経験から「こういう時はこうする」という知見がありますが、もちろん私にはわかりません。指示があったときの天候や、作物の状態などを細かく記録として残すことで、自分なりに理解を深めていきました。頭がパンクしそうなほど、細かく指導してもらいました(笑)。
1年間大変でしたが、農作業をしたあとのご飯がおいしいのと、義父とお酒を飲みながら語らう時間が好きで、なんとか耐えられました。


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準備にかけた自己資金はゼロ!?東京の家族と離れ、単身移住で那須町へ


1年間の週末農業を経て、キャリアチェンジを決められた際、ご家族の反応はいかがでしたか?


すでに東京に家を購入した後だったので、家族と離れて暮らすことになるのは当初からわかっていました。それでも、反対はされませんでした。妻は実家の後継者問題について気にかけていましたし、私のやっていることを信じてくれたんです。


移住、就農するにあたりどんな準備をされましたか?


結論から言うと、特別準備したことはありません。「とにかく飛び込んでみよう」という一心で週末農業を体験して、そのまま移り住みました。

準備にあてた自己資金も0円です。那須町での住まいは、妻の両親が敷地内にある倉庫の2階を改装して、私が住めるようにしてくれました。私はただ、身ひとつでここに来たら良いだけでした。何百万円も資金を貯めてから農業を始める人が多いなか、本当にありがたかったですね。


就農にあたり、お義父様と八木さんとで事前に決めたことはありますか?


給料については最初に話をして、前職と同額程度になるように交渉しました。
私は東京に家族を残して来ているので、ある程度まとまった休日を確保することも約束してくれました。繁忙期は1カ月に1〜2回程度、仕事が落ち着く時期には1カ月ぐらい休みを取って自宅に戻ります。妻や子どもたちは祝日や三連休、お盆休みなどにこちらへ帰省します。

私の立場と状況を理解している義父だから、了承してもらえたことだと思います。だからこそ、私も農業を続けることができています。


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就農に伴い栽培面積を拡大。農業経営を学び農園を法人化


親元就農を支援する那須町独自の取り組みも活用

現在の農園の栽培面積を教えてください。


義父が単独でやっていた頃は25haで、私が就農する時に5ha増やし、現在は30haです。


就農するにあたり、利用した補助金はありますか?


那須町には親元就農をサポートしてくれる独自の支援制度「農業後継者支援事業」があります。私は、土地利用型農業(耕種)後継者機械導入事業費補助金を活用しました。機械購入費の3分の1、最大100万円を支給してもらえる補助金制度で、直進アシスト機能付きの田植機を購入しています。それに加えて、農業後継者就農交付金の30万円を支給してもらいました。


就農後、比較的早い段階で先進的な農業機械を購入されたのは、お義父様がもともと基本的な農機を持っておられるからこそ、余裕を持って機械投資ができるのですね。


それも、親元就農のメリットだと思います。


外部とのつながりも大切。義父からも後押しを受け、県のとちぎ農業ビジネススクールで農業経営について学ぶ

就農後は、とちぎ農業ビジネススクール(※)に通われ、経営に関する勉強にも熱心に取り組まれていますね。


(※)とちぎ農業ビジネススクール
経営の高度化を目指す農業者を対象として、農業経営の改善に向け実効性のあるプランを策定する研修。栃木県農業大学校で実施されている。


経営について知りたいと思ったのと、同じ志を持った仲間がほしいと思ったのがきっかけです。就農から数年が経ち、ここでずっと稲作をしてきて、休みになれば東京へ戻る生活なので、まわりに仲間がほとんどいませんでした。外部からの刺激も必要だからと、義父から勧められたこともきっかけになりましたね。
義父が農園の法人化を考えていることも聞いていたので、まずは経営について学ぶ必要があると思いました。


とちぎ農業ビジネススクールに参加されて、ご自身に変化はありましたか?


経営について「自分ごと」として捉えられるようになり、どんどん興味が湧いてきました。
共に学んだ農業従事者の人たちとの出会いは、モチベーションの向上にもつながりましたし、今でも一緒にお酒を飲む仲です。私には相談相手の義父がいますが、それ以外にも農業について語り合える仲間ができたことは大きいです。

経営相談会には、那須農業振興事務所からの提案で、ほぼ毎年参加しています。講師は、うちの農園の担当税理士の先生で、就農1〜2年目までは手厳しく指導していただきました。今も怖い存在ですが(笑)、経営面ではとてもお世話になっているんです。


法人化は自分たちの利益のためでなく、次世代への事業継承が目的


八木さんの参入にあたり、お義父様が法人化を決めた経緯を教えてください。


もともとは跡取りはいませんでしたが、誰かにこの農園を継いでもらいたいとは思っていました。そのためには事業としてちゃんと引き継ぎができるように、法人化をした方が良い。
恵太くんの就農を機に法人化を考えたというよりは、誰かに継いでもらう時、相続などの問題を避けるために、仕事と家を分けるという意味で、以前から考えていたわけです。


農業の後継者不足が深刻な問題となっていますが、娘婿の八木さんが後継者に立候補してくださって心強いですね。


彼はとても気さくな人柄で、集落の人とも上手に付き合っています。地域でも好意的に受け入れられているんですよ。あとは農業を好きになってくれれば大丈夫だろうと思っています。農業は好きでやらないとうまくいきません。それがいちばん大切なことです。やる気のない人間にいくら教えても覚えられませんから。


まだまだ先のことが不安ですね。不安を解消するためにとちぎ農業ビジネススクールで学び、税理士の方からアドバイスを受けて、準備に時間をかけてやっと、令和5年7月に法人化しました。

法人化から2年目で社会保険を完備できたので、今後は雇用にも力を入れていきたいと思っています。


IT技術の活用で経営を見える化!効率化とオペレーションの改善に成功

ドローンを操縦する八木さん

八木さんが参入されてから、有本農園ではIT技術を積極的に取り入れられていますが、どんなものを活用していますか?


ほ場管理ソフトと、直進アシスト機能が付いた田植え機、ドローンを使っています。


スマート農業を実践してみて、作業効率は上がりましたか?


ほ場は、1カ所に集まっているのではなく、128カ所に点在しています。いちばん遠いところだと約15キロも離れているんです。ほ場管理ソフトは、日々の作業状況をデータで管理でき、離れた場所からでも現状を把握できるので、農業未経験の私は重宝しています。義父が感覚的にやっていたことを可視化できるのは大きいです。


今は、肥料をいつ入れたかがわかるデータをほ場管理ソフトに入力していて、現場に行けばGPSの情報と照らし合わせて使用します。ここの田んぼには何キロの肥料を入れる、というだけでなく、この部分は肥料を少なくして、あるいは増やして、というふうにピンポイントで指示することも可能なんです。ふたりで一緒にパソコンの画面を見ながら相談して、あとはデータを飛ばすだけ。机の上でできてしまうんですよ。
ドローンは農薬の散布が効率的にできますし、操縦が楽しくてちょっとした気分転換にもなっています。圧倒的に作業効率はよくなっていますね。


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目標は今より売上を1000万円増やすこと!スマート農業でさらなる発展を目指す


身近な人たちを幸せする。それが農業の醍醐味

農業をしてよかったと思うのはどんなときですか?


家族が、私がつくった米を「一番おいしい!」と言って食べてくれるときです。私が義父の米を初めて食べたときと同じように、美味しそうに食べる姿を見るのがうれしいですね。身近な人たちに幸福感をもたらすことができるのが喜びです。それが農業の醍醐味(だいごみ)だと思うんです。
だからこそ、義父の「うまいものを作るんだ」という意気込みに賛同できるし、事業を引き継ぎながら稲作を頑張って行きたいと考えています。


常に指導者(義父)がそばにいて、学びながら経営継承できるのは親元就農の強み

親元就農の道を選び、6年目を迎えられました。これまでを振り返ってみていかがですか?


私のような農業未経験者にとって、師匠(義父)が常に指導してくれるのは大きなメリットです。気軽に相談できる人がすぐそばにいる環境は、親元就農ならではだと思います。

新規就農の場合、資金の調達に始まり家探し、農機の準備など、計画段階から考えることが山積みです。やっと移り住んでも、今度は地域の人との関係を一から築かなければなりません。
私の場合、妻の両親が築いてきた地域との関係性があるので、地域の人にもすんなり受け入れてもらえました。自分ひとりでは、ここまでスムーズにはいかなかっただろうと思います。


現時点で感じている課題はありますか?


今後、栽培面積を拡大していきたいと思っていますが、今のままでは人手が足りないと痛感しています。スマート技術を活用しながら、義父に加え私の隣で一緒に農業のことを考えてくれるパートナーが必要不可欠だと思っています。


課題を踏まえ、今後の目標はありますか?


まずは売上を伸ばしたいです。お米の販路は、主食用米はほぼJA出荷で酒米は個人販売が中心です。
現在の売上は横ばいで推移していますが、今後の売上目標は、5年後までにプラス1000万円。他の品種に挑戦したり、販路を広げたり、やりたいことはたくさんあります。

社会保障や福利厚生をさらに充実させて、農業に携わりたい人や地域の人を雇用できるような仕組みをつくり、最終的には、義父にも負けない自分にしかできない稲作経営をしていきたいですね。


栃木県で新規就農を考えている人へ、メッセージをお願いします。


農業者が高齢になっても、後を継ぐ人がいないという農家がたくさんあります。私のように妻の実家の事業を引き継ぐという形や、家族間だけでなく第三者による継承で就農する人も増えていくのではないでしょうか。
私は右も左もわからないまま、この世界に飛び込みました。まずは、信じた道を愚直にやっていくという気持ちを持って、親元就農の可能性について考えてみてください。


さいごに

取材中、八木さんが何度も「自分は恵まれた環境にいるからここまでできた」とおっしゃっていたのが印象的でした。東京に家族を残して単身移住し、義実家での就農を決意した八木さん。義両親との適度な距離感が保たれているからこその、良好な関係性が見て取れました。
土地利用型の稲作農家の場合、高額な大型機械が必要なことや農地の確保が難しいという点から、家族経営や第三者継承での就農が有利となります。パートナーの実家が農家なら、その事業を継承する形で農業をセカンドキャリアとして考えてみるのも、ひとつの選択肢ではないでしょうか。


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