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上野 将さん
うえの・まさしさん|栃木県下野市出身。就農6年目。東京農大卒業後、アメリカの大規模農場で2年間の研修を受け、2017年地元に戻って親元就農する。2022年に実家の農業を法人化し、株式会社百穀(ひゃっこく)を設立、専務に就任。祖父母から三代、家族全員が農業に携わる他、常勤の従業員を2名雇用する。仕事が平準化するよう米や野菜などの農作物を組み合わせて栽培している。栽培面積は、米45ha、ビール麦15ha、しいたけ1万1,000菌床、なす40a(露地25a、ハウス15a)、ほうれんそう40a。
農業の道へ進むべく東京農業大学へ! 卒業後はアメリカで約2年間の研修を受ける
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上野さんは、代々続く農家のご出身だそうですね。就農以前の経歴から教えていただけますか?
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高校3年生の時点で、農家になることは決めていたんです。そのために東京農業大学に進学し、卒業後は約2年間の海外研修に参加しました。
大学では食料環境経済学科で農業経済、マーケティングなどを学びました。いろいろな野菜を見られるからと、銀座のフレンチレストランでアルバイトをしていたときには、そっちが楽しくなってしまって料理の道に進もうかと本気で悩んだこともありました(笑)。
アメリカの大規模先進農家で多忙な日々を過ごす
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海外研修について詳しく教えてください。
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国際農業者交流協会(JAEC)が主催する「海外農業研修」というプログラムです。これには以前、自分の父や母方の祖父も参加していました。
海外農業研修は、現地のコミュニティカレッジで基礎学習(語学、米国農業事情)を学んだ後、約1年間の農場実習、さらに大学で専門学習(経営、流通)を学べる内容です。実習はアメリカ全土の農場に個別に配属されるんですけど、自分はワシントン州の「モスビーファーム」に行きました。
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研修先はどんな農場だったんですか?
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「モスビーファーム」はヨーロッパ野菜を大規模で作っていて、仕事量も多く、朝4時起きで夜11時まで働くなど当たり前でしたね。
リーキ(西洋ネギ)やビーツ、イベント用のパンプキン、ルバーブなどを作りながら、オーガニックの小農場ではCSA※をやっていたり、巨大倉庫でリスタッキング(メキシコからカナダに向かうトレーラーの崩れた青果を詰め直す作業)していたりして、先進的な農場でした。
※CSA 「Community Supported Agriculture」の略。生産者と消費者が連携し、前払いによる農産物の契約を通じて相互に支え合う仕組みのこと。
アメリカで得たのは多様な考え方や価値観
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海外でどんなことを学びたいと考えていましたか?
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父から話を聞いて興味があったのと、海外への好奇心や、言葉も何も通じないところでイチからやってみたいという思いがありました。
実際に行ってみて、アメリカと日本では経営面積が全く違うので、向こうの経営方法や技術をそのまま持ち帰ってやるのは難しいですが、自分のメンタル的な部分での成長と多様な考え方や価値観に触れられたのは大きかったですね。
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アメリカに行ってみて、自分自身にどのような変化がありましたか?
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いずれは実家の農業を法人化したいと思ったのと、経営規模と品目を拡大したいと考えるようになりました。品目については、何か新しい作物を始めようと決めてはいましたが、その時はまだ具体的には見えていませんでしたね。
実家に戻って親元就農。米に加え、新たになす栽培に着手
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帰国後、親元就農する際になすの栽培を始めようと思った理由は何でしたか?
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実家に戻ってみると、近隣になすを作付けしている人が多いことを知り、好奇心から収穫などを手伝わせてもらいました。翌年から自分でなす栽培を始めてみたら、病害虫や台風で大変な時期もあったんですけど、楽しいなと思いました。
なすは6〜9月の4カ月間が収穫時期で、田植えから稲刈りまでの間の少し手が空く時期と重なります。米の栽培スケジュールとぴったりあうのがよかったですね。
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なすの栽培を始めるにあたり、初期投資はどれぐらい必要でしたか?
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最初からハウスを建てるとなると話は違ってきますけど、まずは露地栽培から始めたので、設備などの初期投資のハードルは低かったです。支柱とテープなどの資材ぐらいですから。それもなす栽培を始めた理由の一つではあります。
就農時には補助事業などの支援制度は利用していません。
新規就農の不安は栃木県農業振興公社のワンストップ相談窓口へ
個人事業の農家から農業法人設立へ
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現在は、株式会社百穀として農業法人を設立されています。法人化への経緯を教えてください。
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当初は、父親が個人事業主として家族で農業を営んでいるところに、自分が親元就農しました。そこから研修生を迎え入れ、さらに従業員も雇い始めたため、今後の規模拡大のための人材確保、資金調達なども視野に入れて法人化したほうがいいと判断したんです。
2022年1月に株式会社百穀を設立しました。社長は父、専務は自分で、あとは祖父母も含めた家族と従業員2名が働いています。
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個人事業から法人化して、経営はどう変わりましたか?
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法人化したことで、お金の流れをつかめるようになったんです。経費が明確になることで利益を把握できたり、人を雇う上で必要な労務管理なども改善されました。今いる従業員も、農業が好きなことに加え、社会保険があることを重視して来てくれましたから、経営としてプラスに働いていますね。
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仕事ではお父様とどのように役割分担されていますか?
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基本的に自分と父は仕事が被らないようにしています。たとえば米だと、田植え準備の代掻き(しろかき)は父が、田植えは自分が全部やります。なすとほうれんそうは自分の管轄なので、従業員に指示を出して管理作業や収穫をしています。
うちは常に複数の作業があり、大型機械に乗れるのは自分と父だけなので、それぞれに従業員が一人つく人員配置で仕事をしていますね。
父は55歳で、ドローンやGPSを付けたトラクターなど、新しい機械の導入にも積極的です。
ドローンは米の除草剤散布や害虫防除に使っていて、近くの農家からのドローン散布作業も受託しています。ドローンもアメリカの農場で飛ばしているのを見た経験から、近隣ではいちばん最初に導入しました。作業負担が軽減されましたね。
親元就農について栃木県農業振興公社のワンストップ相談窓口に相談
やった分だけ収入になるのが農業の魅力! 楽しみながらしっかり働く
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一日を通して同じ作業ばかりが続かないようにスケジュールと人員配置を工夫
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複数並行する栽培スケジュールの管理はどうされていますか?
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農家としての感覚をベースに、たとえばなすなら今週は葉っぱを掻くのをメインでやろうとか、雨が降ったとき用にこの仕事は残しておこうとか考えて頭には置いておきます。
イレギュラーが発生したときに、予定に縛られず柔軟にこなせたほうがいいと思うんです。これは自分が研修したアメリカの農場で学んだ影響が大きいですね。その農場ではなるべく、一日を通して同じ仕事をしないようにもしていたんです。
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現在の仕事にもアメリカで得た考え方が生きているんですね。
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たとえば自分と従業員のある一日の流れをお話しすると、朝ふたりでドローンで田んぼの除草剤散布をして、その後なすの収穫を終えたら、自分はなすの選別を、従業員は田んぼの畦(あぜ)の草刈りをします。午後は一緒になすの葉っぱを掻いて、片付けたら終わり。といった具合でどんどん仕事を変えていくんです。
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その方が効率がいいんでしょうか?
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一日ずっとなすの葉っぱだけ掻いていたらメンタル的にもつらいですから(笑)。自分が従業員の立場だったとして、毎日同じ作業だと、続かないし嫌になりますよね。ですから飽きがこないように、というのは意識していますね。
楽しみながら働き、若い世代が近隣の農家とも連携して地域を盛り上げる
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上野さんにとって、農業の魅力とはなんですか?
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農業はやらないと稼げないけれど、やったらやった分だけ収入になって返ってきますから、それがいちばんの魅力だと思います。あとは理屈抜きに、やっていて楽しいですね(笑)。
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若手農家グループ「4Hクラブ」でも活動をされているそうですね。
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4Hクラブの仲間と一緒に、主には地域の年配農家さんのお手伝いをしています。たとえば地域のお年寄りが玉ねぎを収穫して袋に詰めても、それが重くて軽トラに積んでJAに運ぶことができないんです。同じように米袋を抱えて運ぶこともありますよ。
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農家の高齢化が進むなか、素晴らしい取り組みですね。
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イベントでの農産物販売や清掃といった活動をされているところは多いと思いますが、これはおそらくめずらしい取組だと思います。
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売上は右肩上がり。米は100ha以上を目標に! 野菜も栽培面積を拡大したい
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現在の販路について教えてください。
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米・ビール麦・ほうれんそうは、ほぼ全量JAですね。しいたけは、近くにある道の駅で大半を売ります。なすも当初はJAだけに出荷していましたが、ハウスで早出しのなす(2月定植→4月頃出荷開始)を作るようになって、道の駅にも出荷するようになりました。
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売上の推移はいかがですか?
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米も野菜も面積が増えているので、ずっと売上は右肩上がりですね。拡大している分、経費も増えますが、もし一つの作物に何か起きても、他の作物の売上で補填できています。そう行った意味でも、うちの作物(作型)の組み合わせはいいと思います。ただ手が足りていない部分も、なかには出てきたりしますけど。
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現在、経営についての課題や不安などはありますか?
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今、自分が体を壊したらまずいなと思いますし、自分と父のどちらが欠けても続けられないかもしれないという不安はあります。組織として考えると、人の替えがきくようにしておかないといけないんです。
しかも従業員がいるので、「今年のなすは諦めましょう。申し訳ないけど来月から雇えません」というわけにはいかないですから。
リスクを回避するためにも、基本的には父が米、自分が野菜をやりつつも、仕事が偏りすぎないようにバランスは意識しています。なかなか難しいですけどね。
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地域や県を代表する農業法人を目指し、 今ある事業を継続しながら新たな挑戦も
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今後やってみたいことや計画はありますか?
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基本的に米はまだまだ面積を増やして、100haでも200haでもやりたいですね。地域で困っている人の田んぼを担うため、というのももちろんありますが、自分たちもやるからには大きな面積を目指したいんです。ここで終わりという限界は決めていません。今、敷地内に米用のライスセンターのような巨大倉庫を立てる準備を進めています。野菜についても、同じく拡大していきたいと思っています。
金額的な目標でいうと、売上1億円は超えていきたいですね。地域や県を代表する農業法人になれたらという理想はあります。それを実現するためにも、従業員の数を増やしていきたいですね。
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自分は「現状維持」が嫌いなんです。ウォルト・ディズニーの名言に「現状維持では、後退するばかりである」という言葉がありますが、今後も品目を増やしたり新しい挑戦を続けることは、いい変化やモチベーションを生み出すと思うんです。
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県内で親元就農を考えている人にメッセージをお願いします。
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たとえば、うちの場合は米と麦としいたけがあって、それは当たり前に継続しつつ、なすをスタートさせました。もちろん何かを減らしたり、いずれはやめる決断をしたりすることもあるとは思いますが、「温故知新」、古きをたずねて新しきを知る精神が大切だと思います。
今まで家族が続けてきた事業をやめてしまうのではなく、新しいことをやりたいなら、既存の事業は継続したうえで、始めるのがいいですね。
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今までやられてきた仕事も大切にするということですね。
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自分は新しいことをやるモチベーションにあふれていても、これまで経営してきた家族は意欲がなくなると思うんです。新しく何かを始める前に、「規模を拡大する」といった漠然としたビジョンでもいいので、同じ方向を向いていることが大事だと思いますね。
最初は、今までのやり方に納得がいかないこともあるかもしれないけど、大きい方向性が一致していれば問題なく受け入れられると思うんです。どこを探しても、完璧な農業経営をされているところなんてないですからね。なんでも始めてみて、うまくいったら続ければいいと思います!
さいごに
インタビューを通して、上野さんの農業に対して真摯に向き合う姿勢や、家族や周囲の方への気配りを忘れない発言が印象的でした。上野さんのように、「後悔するくらいなら始めてみよう」「まずはやれるか確かめてみよう」という方は、ぜひご相談ください。