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中村麻衣さん
なかむら・まい さん|北海道函館市出身。栃木県宇都宮市で働きながら、「南那須農業アカデミー」第一期生としてなしの研修を受講。2022年に第三者承継により、那須烏山市で独立自営就農した。長年地元で親しまれてきた「阿相りんご園」を「フルーツファーム烏山」に名前を変え、栽培と同時に観光農園も営む。初年度の売上は約750万円。栽培面積は、なし60a(4品種)、りんご70a(11品種)、もも5a(4品種)。母が手伝うほか、今冬には友人1名を雇用する予定。
<栽培品種 一覧>※★印は中村さんが新たに植えた品種
なし/幸水、豊水、あきづき、にっこり★
りんご/秋映、早生ふじ、紅玉、シナノスイート、シナノゴールド、ぐんま名月、新世界、シナノホッペ★、ムーンルージュ★、あいかの香り★、こうとく★
もも/あかつき、白鳳、陽夏妃★、まどか★
観光農園で感動するお客さんを見て「こんな風に喜ばれる農家になりたい!」と決意
宇都宮市から車で約1時間の距離にある那須烏山市に移住し、農業を始めた中村さん。就農以前はどうされていましたか?
私は北海道の出身で、子どもの頃から農家への憧れや農業への興味がありました。
就職で宇都宮市に来て16年ほどフィットネスクラブで働いていましたが、ずっと農業への思いはあったんです。
そこから就農に至るきっかけは?
4年前に初めてブルーベリー狩りに行き、その場で食べた果実のおいしさに驚きました。それから毎年行くようになり、初めて来たお客さんが自分と同じく感動しているのを見て、これほどまでに喜ばれる農家さんってすごく幸せなんだろうなと感じました。「私もそういう農家になりたい」と思ったのが、農業をやろうと思ったきっかけですね。
季節ごとにいろいろな収穫体験ができるように、複合的に果樹を栽培する農園を作りたいなと思いました。
栃木県で就農しようと思った理由は何ですか?
当初は地元の北海道も考えましたが、長らく栃木県に住んでいるし、果樹に関しては結構なんでも栽培できると聞いていたんです。北海道は寒冷地なので、栽培できる品種が限られてしまうんですね。
品目は、就農へのきっかけになったブルーベリーをやりたいと思ったんですけど、調べてみるとそれ一本ではちょっと厳しいように感じました。そこで、メインとなる品目+ブルーベリーでやれればと考えたんです。
収入を得るまでに数年かかる果樹栽培。第三者継承でチャンスをつかむ
引退する方の後を継げないかと相談、その2週間後に農園が見つかった!
果樹栽培に目標を定めて、そこから就農に向けてどう動かれましたか?
令和2年の秋頃、南那須農業アカデミーが第一期生(令和3年度)を募集することを知りました。そしてJAなす南と県塩谷南那須農業振興事務所主催のなし作業体験会に申し込んだら台風で中止になってしまったので、農業振興事務所に電話をかけて訪問しました。
自分でも調べてみて、果樹は植えてから何年もしないと収入にならないことはわかっていました。農家の担い手不足や後継者がいないという問題は知っていましたし、引退される方がいたら事業を継ぐことはできないかなと思って、農業振興事務所に相談してみたんです。
引退する農家さんはすぐに見つかりましたか?
相談してから2週間後に農業振興事務所から「引退する農家が見つかりました!」と連絡があったんです。なしとりんごの農園をたたもうと、園地内の樹木を伐採するところまで話が進んでいたそうで、タイミングが良すぎてびっくりしました。
第三者継承の契約は、JAによる マッチングでお互いの希望を調整
アカデミーでの研修に入る前から農地が決まっていたんですね。第三者継承に関して、どんなサポートを受けましたか?
農地の賃貸契約や栽培指導の契約に関しては、JAに間に入ってもらって、私の希望と前経営主の希望を調整していただきました。そのうえで契約書のたたき台まで作ってもらったり、こまかなフォローをしていただき、すごくありがたかったですね。
調整が必要だったのは、どんな項目ですか?
賃借料や契約期間、指導期間などです。
なしの栽培についてはアカデミーの受講を決めていましたが、農園を一番よく知っている方から学べるのは心強いですし、りんごの栽培も初めてなので、農園をお借りした後も前経営主の方に1年間は指導していただくことにしたんです。
最終的な契約書の作成にあたっては、農業振興事務所の勧めで農林水産省の「農業経営・就農サポート推進事業」を活用し、司法書士さんのアドバイスもいただきながら行いました。専門家に見てもらったことで、安心して契約できました。
事業計画の作成はスムーズにいきましたか?
事業計画はアカデミーに通いながら、時間のあるときに作成しました。
5年後、10年後にこうなっていたいというビジョンはあったんですけど、それを売上や利益にまで落とし込んでは考えていなかったので戸惑いました。わからないものは一つひとつ調べたり、農業振興事務所に相談しながら作成しました。
第三者継承については栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ
実践的な研修と前経営主の指導で、技術面の不安を乗り越える
南那須農業アカデミーでの研修はいかがでしたか?
研修は栽培技術等の習得がメインでした。受け入れ先の2軒の農家さんがJAなし部会「研究部」の20〜30代の若手グループの方で、昔ながらの栽培方法に限らず、新しい手法に挑戦している現場で学ぶことができました。実践的に学べたのはよかったですね。
2軒の農家さんの元での研修で、どんな学びがありましたか?
農家さんによって作業方法や経営方針が多少違っていて、なしを栽培して販売するというゴールは同じでもいろいろなアプローチがあることがわかりました。例えば、「うちは大きいなしを作る」という農園もあれば、「市場が欲しがる適度な大きさのものを、たくさん作る」という農園もありますから。自分の観光農園としての経営に反映できるように、やり方と理由がわかるようによく確認させていただきました。
前経営主は、大きい果実を作る方針でしたね。老木なので、量がとれない分、果実を大きく作るしかない、という理由を聞いてなるほどと思いました。
就農するにあたり、不安だったことはありますか?
1年間学んだとはいえ、農園は異なりますし、技術的な面や生計が立てられるのか不安でした。それまでベランダ菜園しかしたことがなく、果樹に関する専門的な知識もありませんでしたから。
でも前経営主とお話をしたときに、これまで家族もいて生活されていたわけだから、同じ規模でやれば生活できるはずだ、と思えたんです。「お客さんにおいしいと言ってもらえることが喜びなんだ」ともお話しいただいて、優しいお人柄のこの方に教えてもらえれば、技術的な知識や経験不足も乗り越えられると思いました。
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農地や機械もそのまま借りられ、自己資金は生活費プラスαでスタート
第三者継承をされましたが、自己資金はいくら用意されましたか?
農園に加え、必要な機械も合わせて貸していただけたので、事前に大きなお金は必要なかったんです。研修中の1年間と、就農後に収入が入るまで(4〜9月)の生活費があれば大丈夫でした。あとはガソリン代などのこまごまとした費用ですね。農薬や肥料はJAから購入し、代金は売上金が入った後の12月にまとめて引き落としだったので、助かりました。
果樹は資金的なハードルが高いといわれますが、第三者継承で就農できて多額の投資は必要なかったのですね。補助金などは活用されましたか?
当時の農業次世代人材投資資金(準備型)と経営開始資金(年間最大150万円)を利用しました。ちょうどコロナ禍と時期が重なったので、生活費の出費も抑えられたとは思います。それでも、もっとお金を貯めておけばよかったと後悔はしました(笑)。
お金の不安ついては栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ
初年度の売上は約750万円。計画通り黒字化を達成できた
りんご販売が心配で新たな直売所2軒と契約した結果、完売!
販路はどうされていますか?
なしは全量JAに出荷し、りんごは観光農園での売上げの他、直売所で販売しています。りんごは地元JAで取り扱いがないため、全部自分で売り切らないといけないんです。
そこが心配だったので、前経営主が出荷していた直売所に加えて、新たに2軒の直売所と契約しました。結果的には、りんごが足りなくなるほど売れましたね。
農園のPRについてはどのようにしていますか?
那須烏山市やJAの広報紙に入るお知らせに掲載してもらったり、自分でチラシを作って、市で配ってもらったりしています。チラシを見た地域の方から、お電話をいただくことが多いですね。
新規就農でなし栽培とりんごの観光農園の運営、ももの栽培までされていて、大変ではないですか?
繁忙期は5月〜11月末までで、もも・なし・りんごと収穫が続く時期ですね。冬季は毎日枝の剪定(せんてい)をしていますが、3・7月は比較的落ち着いているので農閑期と言えるかもしれません。とはいえ、農薬を散布したり草刈りなどの管理作業は年中ありますけどね。
基本的にはなしとりんごの収穫・出荷時期はずらすようにしています。ただ、前作では、なしの晩生品種「あきづき」の収穫がりんごとかぶってしまいました。なしの収穫をしながら観光農園のお客さん対応をするのは大変だったので、今作は観光農園のスタートを遅らせようと思っています。
お母様が手伝ってくださっているとのことですが、作業分担はどのようにされていますか?
機械操作や農薬散布は私が担当して、摘果や収穫を一緒にしています。私が作業している間はお客さんの対応をしてくれたり、いつも感謝しています。
今後の売上目標は1,400万円!老木の改植資金も視野に
就農2年目ですが、初年度の売上はどうでしたか?
なしが約400万円、りんごが約350万円ですね。ももはまだ木が小さくて、本格的な出荷は少し先になります。計画どおりに、初年度から黒字化することができました。
今後は規模を拡大していきたいですね。なしについては、昨年「にっこり」の栽培を始めましたが、面積を倍以上に増やして、売上も800万円いけたらと思います。一方りんごは、温暖化の影響でいつまでこの地域で栽培できるかわからないので、面積は増やさずに収穫量を上げ、400万円まで増加させたいです。
ブルーベリーとももも100万円ずつ売り上げられるようにして、合計で1,400万円を目指します。それにより、友人を一人常時雇用できればと思っているんです。複合的な農園を作るために、今から体制を整えようとしているところです。
農地の確保もスムーズでスタート時に大きな投資も必要なく、初年度の売上も黒字と、経営は順調ですね。
そうですね。でも、園内には30年を超えた樹木が多いので、このままだと10年後には収穫量がかなり落ちると思います。そこで農園を新たに拡大して新しい苗木を植えながら、古いところは植え替えをしていきます。
その資金も必要なので、新規就農から5年以内であれば無利子で借りられる、青年等就農資金を利用できればと思います。
果樹栽培についての相談は栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ
四季折々のフルーツを提供し、お客さんに楽しんでもらえる農園にしたい
独立後の悩みは誰に相談していますか?
JAや農業振興事務所の技術指導の方がちょくちょく来てくれますね。なしについてはJAの「研究部」のメンバーも手伝ってくれます。新たな苗木を何百本も植えるときに、集まって一緒に植えてくれたり、欲しいものがあるときに譲ってくれたりして助かっています。前経営主には栽培だけでなく、機械のトラブルなども相談しています。
栽培の経験値がまだ全然足りないので「今起きているこの状況に、どう対応すればいいんだろう」という悩みは常にありますね。
農業を始めて良かったと思うのはどんな時ですか?
日々作業をしていて、だんだん実が大きくなっていくのはうれしいですね。それがお金になるわけですし(笑)。あとはお客さんに「また来年も来るからね」と言ってもらえると励みになります。同じ作業の繰り返しで大変なときもあるけれど「お客さんにいいものを届けたい」と思い、楽しみながら頑張っています。
直売所でも、昨年ももを初出荷した時は、本当に売れるのか?と心配でしたけど、全部売れたときの喜びは忘れられません。
また、今までずっと雇用される側で働いてきたので、独立自営になって、自分が全部決めなくてはいけなくなったのも、これまでとは違いますね。前職では雇用される側の苦悩もあったので、今は自由な反面、責任やプレッシャーも感じています。
改めて、この地域に住んでみてどうですか?
もともと里山暮らしに対する憧れがあったんです。不便なこともありますけど、春や秋には心地よい気候のなかで作業できて、街なかにいるのとは違う良さがありますね。
JAや農業振興事務所では、自治会の手続きや地域の方への紹介までしていただいて、本当に全部面倒を見てもらえてありがたかったです。
前経営主もすぐそばに住んでいて、近所の方々に私のことを話してくださったので、まわりからよく声をかけてもらっています。
今後の目標について教えてください。
観光農園をメインでやっていきたいので、従来の品目にとらわれず、お客さんに喜んでもらえるものを作っていきたいですね。四季折々、色とりどりのフルーツを提供することをテーマとして、取り組んでいきます。
季節ごとにお客さんがこの農園に来てくれて、旬のものを楽しんでもらえる観光農園にできればと思っています。
新規就農で果樹栽培を始めたい人にメッセージをお願いします。
一般的に果樹は最初のハードルが高いと思いますけど、私が選択した第三者継承であれば、資金面や技術面もクリアしやすいと思います。新規就農を考えている人は、自分が取り組みたいジャンルで第三者継承ができないか、ぜひ栃木県に相談してみてください。
さいごに
「観光農園をやりたい」という自分の夢を、持ち前の行動力と人間力でつかみ取った中村さん。お話の中で、下調べの大切さやビジョンの持ち方、実行の仕方について学ぶべきポイントをたくさんお話しいただきました。中村さんのように夢を実現したい方は、まずは情報収集から始めてみませんか。