事例紹介

使われなくなった牛舎を継承し、酪農王国・栃木で独立!牛にやさしい酪農を実践

栃木県那須町で、酪農業を営む相場博之さん。酪農は初期投資額が大きいため新規参入が難しいといわれ、8年前の就農当時、栃木県において18年ぶりとなる新規参入者でした。東京下町生まれの相場さんが企業系大規模牧場や個人牧場で勤務したのちに独立に至った経緯と、その過程で得た経験について伺いました。
相場さんに続いて、那須地域では2名が酪農に新規参入。相場さん自身も後進の育成に意欲を燃やしています。酪農に興味のある方、特に非農家から独立自営を目指したい方、必読です。



INFORMATION

相場 博之さん

あいば・ひろゆきさん|ばんずファーム代表。東京都出身。北里大学獣医畜産学部卒。群馬県、福島県、栃木県茂木町、那須塩原市の牧場勤務を経て、2015年5月に那須町で独立就農。令和2年度栃木県農業大賞芽吹き力賞において、栃木県知事賞を受賞。妻の祥子さんと義父に搾乳や餌やりなどの仕事を手伝ってもらいながら、現在は搾乳牛と和牛繁殖牛を合わせて約100頭飼育している。


動物好きが高じて牧場に就職。複数の牧場で繰り返し学んだ日々


東京の下町で生まれ育ったという相場さん。酪農で独立就農されるまで、どのような経緯だったんでしょうか?


子どもの頃から動物が好きだったんですけど、隣近所が近いので犬も飼えず、小学校では飼育係をしたりしていました。馬が好きで、しょっちゅう中山競馬場まで電車に乗って馬を見に行っていましたね。

都立高校を卒業後、畜産学科のある北里大学に進学し、馬術部に入ったんですけど、馬に乗るより世話をするほうが好きでした。厩務員(きゅうむいん)として競馬の世界に入りたいと思ったのですが、求人も条件が厳しかったので、群馬県にある企業系大規模牧場に就職をしました。その後は同社の福島牧場、栃木県茂木町の個人牧場、那須塩原市の個人牧場での勤務を経て、2015年に独立しました。


最初の就職先が大規模牧場だったんですね。どんなお仕事でしたか?


ちょうど僕が入社する頃、肉牛を子牛から育てて出荷する「肥育」主体の牧場だったのが、子牛を産ませる「繁殖」から肥育までを一貫して行う生産方式に切り変わるところだったんです。それは、乳牛であるホルスタインに肉牛の子牛を産ませることで、肉牛と生乳を同時生産する複合経営でもありました。

酪農部門に立ち上げから携われたのは面白かったのですが、人が足りていなかったこともあり、新人なのに全体を見ながらパートの方に指示を出し、自分もあらゆる飼育作業をしていました。午後2時に出社をして、帰るのは翌朝5時、なんてことも頻繁にありましたね。でもそのおかげで、牛の体調の判断もできるようになりました。


5頭から始めて、5年間で800頭以上の世話をしました。搾乳牛に関わることならなんでもやりましたし、大型トラクターや機械の扱い方も覚えました。大抵のことがあっても「どうにか乗り切れるだろう」と思えるようになったのはこの経験があるからですね。


さまざまな作業をしたり、苦労したりしたことが、今につながっているんですね


その後、グループの福島牧場に異動し、2年間働きました。そこは肥育牧場だったので、10ヵ月の子牛を30ヵ月まで育てて出荷する飼育サイクルを一生懸命に勉強しました。うちは今、肉牛の繁殖もやっていますから、この時の経験も活きていますね。


でも2年たった時に、「やっぱり酪農(乳牛)をやってみたい」と思ったんです。それで栃木県茂木町の個人牧場で2年間勉強し直しました。大規模牧場で経験を積んできて、決まった仕事は一通りこなせるようになってはいました。しかし牧草づくりも含めて、自分で全てをやらなくてはいけない個人牧場での仕事のサイクルを学びたかったんです。その後さらに2年間、那須塩原市の個人牧場でも働きました。福島で出会った妻が、帰郷してそこで働いていたんです。


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空き牛舎が見つかり、酪農の盛んな那須での独立を決意!しかし1年間融資が決まらず……


東京からの距離や那須の雰囲気も魅力

用意周到に準備されてきたように思いますが、独立を決断されたきっかけはなんでしたか?


牧場が見つかったのがきっかけですね。那須塩原市の個人牧場で妻と一緒に働くようになった頃、その牧場と付き合いのある家畜商さんと出会ったんです。その家畜商さんが、この牧場が空いているよ、と紹介してくださったんです。


独立にあたって、ご家族からは何か言われましたか?


妻は動物の専門学校を出て大規模牧場で乳牛の飼育をしていた経験もあるんです。もともと二人で、いつか独立就農したいねと話はしていたんですけど、やりたいんだって相談をしたら「やりたいなら、あんた勝手にやりなよ」って(笑)。

東北自動車道一本で実家へ移動できることや、那須地域が観光地であり、牧場が多い環境にもひかれましたね。観光客と触れ合う機会があり、牛や酪農のことをお話しできる面白い地域だとも思いました。
栃木県は、北海道に次ぐ酪農県です。なかでも那須は、国内でも有数の牛乳産出地なんです。


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前例がなく資金の準備に苦労

酪農家になるために、まっすぐ進んで来られたように感じます。独立を目指すなか、不安はありましたか?


いちばんはお金の問題ですね。栃木県では長らく酪農の新規参入者がいなかったため、補助金などの制度も整っていなかったですし、前例がないため金融機関から借り入れも難しい状況でした。最終的には日本政策金融公庫から融資を受けることができたので、この地で就農できました。
公庫からの融資が決まるまでに1年以上かかりましたから、牧場は見つかっているのに、お金がなくてすぐに契約ができない。急がないと牧場を借りる話自体がなくなってしまうかもしれない、と先行きが見えず焦りました。

そんななか、当時働いていた個人牧場のオーナーは「自分の牧場を始められるようになったら、すぐに辞めてもいいから」と言ってくださったんです。優しい言葉に励まされましたし、人に恵まれ、運もよかったんだと思います。


青年等就農計画の作成はスムーズに行きましたか?


栃木県で酪農の新規参入者は18年ぶりだったので、青年等就農計画を作成することになっても、行政の方は誰も関わったことがなかったんですよ。計画作成については、県農業振興事務所に大変お世話になりました。当時の担当者が「栃木県にも酪農の新規参入が必要だ」と酪農先進地である北海道に事例を聞くなど、すごく熱心にサポートしていただきました。とても心強かったです。あの支援がなければ僕は就農をあきらめていたと思います。

融資を受けた借入金は、青年等就農資金の融資限度額にあたる3,700万円です。そのうち3,200万円は牛の代金でした。あとはトラクターとホイールローダーの購入代金ですね。牛と機械を用意する計画で、融資にゴーサインが出ました。


僕が就農してから8年間で2人が酪農に新規参入しました。地域で酪農をはじめる場合、これまではほぼ親元就農しかなかったのが、今は新規参入もできるんだ、と少しずつ風向きが変わってきているように感じます。僕のように、使われていない牧場や後継者がいない牧場を事業継承するケースもありますし。


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借入金3,700万円を着実に返済中。酪農は3年目が儲かる!?


苦労を経て独立されたわけですが、売上はどうなっていますか?


現在(令和4年)の売上は約7,000万円。おおよそ、生乳の売上が6,000万円、和牛や子牛販売の売上が1,000万円です。今は飼料代が高騰しているので、生乳の売価が少しくらい上がっても、以前のような利益は出ない状況です。例えば月間400万円だった飼料代が、200万円値上がりして600万円になる、といった具合ですから。

酪農は経費が大きいので、今は経営的にはかなり厳しいですね。飼料代が上がっている分だけ、消費者が買う牛乳の販売価格も上がればいいんですけど、現在は国全体で牛乳の消費量が減っていることもあり、なかなかそうはならないんです。


飼料代が高騰する以前、新規就農後の売上推移はどうだったんでしょう?


1年目は赤字でした。独立1年目に乳牛30頭を導入して、2年目に16頭増やしたんです。乳牛は出産をすると乳を出すようになるので、3年目になると、それまでの親から産まれた子たちも含めて、全頭から乳を搾れるようになるんです。だから3年目は黒字になりましたね。

1、2年目は子牛を育てるお金がかかりますけど、3年目は月間の生乳の売上(飼料の購入費等が引かれた入金額)が200万円を超えた月もありました。飼料代が高騰し始めた2年前までは黒字が続いていました。


飼料代を抑える工夫はされていますか?


一部の牧草は作っていますが、TMR※と呼ばれる牧草と配合飼料がミックスされたものを購入しています。自家配合する場合は設備が必要になりますし、それらを混ぜる労力もかかります。

TMRは少し割高にはなりますが、自家配合設備の導入コストやメンテナンスがいりません。設備が壊れてしまったら逆に大きなコストがかかってしまいます。そのため、突発的な出費がないので経費の予測も立てやすいです。

※Total Mixed Ration の略。栄養価を考えて粗飼料や濃厚飼料を混ぜ合わせた餌


あえて自分でやらないことによってリスクを回避しているのですね。


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牛にとって良いことをしてあげれば、必ず利益になって返って来る


相場さんの1日のスケジュール


現在の1日のスケジュールを教えてください


早朝と夕方の1日2回、牛舎の掃除と餌やり、搾乳を行います。僕は毎朝4時に起き、4時半頃に牛舎に来て掃除を始めます。妻が乳を搾る準備、義父は餌の準備をします。7時半には搾乳を終え、子牛の世話などもして、朝の仕事が終わるのは10時くらいです。

それから昼休憩をとったり、牧草地の管理作業をしたりして、午後3時くらいから妻がミルクタンクの洗浄、義父が午後の餌やりや掃除、番犬の散歩を行います。16時半から搾乳を始め、義父は17時頃に帰宅し、僕と妻は19時半には仕事を終えます。


朝と夕方のあいだは、余裕があるんでしょうか


3〜10月は牧草作りも行うので、日中も休みなく忙しいですね。80aほどの畑に牛の堆肥を入れて牧草を育てて、刈り取ります。他に近所の方の田植えを手伝ったりもして(笑)。今年は3軒分やりましたね。雨が降る日は、こういった作業がないのでゆっくり昼休憩をとれます。

栃木県酪農協同組合(通称「とちらく」)那須町支部の組合長、酪農部会や和牛部会、新規就農者の会などの役員もやっているので、それらの用事が入ってくることもあります。


牛を健康に育てることでコツコツ数字を積み上げ利益を出す

牛の飼育で気をつけていることは?


結局餌やりと水やりがいちばん大事なんです。手間をかけ、健康に飼うと戻ってくる利益が全然違うんですよ。年間305日乳量(365日-出産期間60日)という牛の乳量の指標があるんですけど、栃木県の平均9,300kgに対して、うちは12,000kg搾れています。

僕は用事があって出かけても、夜戻ったら牛舎に寄って牛の舌が届かないところに離れてしまった餌を牛が食べやすいよう近くに寄せます。牛はたくさん食べた分、乳を出すので、その餌を食べれば個々の牛が出す乳量が少しずつ増え、手間はかかってもその分儲かるんです。搾乳1回あたり約5,000円の収入増だとしたら、1日2回搾乳すると1ヵ月で30万円になりますから。


もう一つ大事なのは、事故を減らすこと。夜間分娩の際に難産になり、死亡事故が起きることがあります。だから僕は、出産で不安がある時は牛のそばで寝るようにしています。独立1年目は牛舎に寝泊まりしていたので、30頭近く生まれたけど事故はほぼありませんでした。子牛は1頭約20万円で売れます。多くの農家さんは「事故が起きるのは仕方ないよ」って言いますけど、僕は牛たちの事故を少しでも防ぎたいし、20万円のロスもなくしたいと考えています。

もちろん病気になったり乳を搾れなくなったり、子供を産めなくなった牛について決断をしなくてはいけないこともあります。でも、なるべく健康で、自分の足で立ったまま牛舎から出してあげたいんです。
牛は調子が悪くなると、足腰が弱って立っていられなくなるんです。だからそうならないように、健康に育てて、楽しくストレスなく牛が育って。そのうえで乳を搾らせてもらったり、お肉になったりするのが理想ですよね。


新規参入する場合、牛舎の賃料など既存の農家さんに比べて諸経費も多めにかかります。利益を出そうと思ったら、事故を防いで健康に育てることで牛を減らさず、コツコツ数字を積み上げることが大事だと思います。


独立して印象に残っていることはありますか?


1頭目の子牛が生まれた時に、「(これで自分も)酪農家になったな」と思いました。子牛が生まれることで母牛の乳が出始め、搾れるようになりますからね。その時の子は、いちばん最初に産まれたから「いちこ」。名前を呼べば寄ってきますよ。

サポート面で印象深いのは、栃木県酪農協同組合の顧問が毎週のように見に来てくださったこと。元県職員の方ですが、経営に関して教えていただいたり、ほかの農家の視察を組んでくださったり、近隣農家さんとのつながりもできました。


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新規就農者の研修牧場をつくりたい。僕に教えられることはなんでも教えます!


将来の展望を聞かせてください


今後も売上は、現状の7,000万円を維持したいと思っています。それに加えて、新規就農者の研修牧場にしていきたいですね。働きながら基礎を学び、経営に携われる牧場にするには、牛の数を増やす必要があります。

今後使われなくなる牛舎を継承する形で、地域の資源を活かしながら、新規就農者を増やすお手伝いができればと考えています。


酪農に興味のある方、新規参入してみたい方にメッセージをお願いします


酪農は生き物を扱うので、毎日世話をしなくてはいけない。でも僕がそうだったように、熱い気持ちがあればできると思うんです。僕で教えられることはなんでも教えますし、見学や相談に来てもらってもかまいません。牧場探しや制度利用について、県の農業振興事務所などにつなぐこともできます。

「毎日仕事をして大変でしょう」と言われることがありますけど、僕にしたらめちゃくちゃ楽しいことなんですよ。やりたくてやっていることですからね。大変ではあるけれど、意外とできるものなので、酪農に興味があるなら、まずは一歩踏み出してほしいですね。


相談するなら栃木県農業振興公社のワンストップ窓口へ


さいごに

酪農で新規参入する先輩の背中が見えないなか、雇用就農先で積んだ経験で道を切り拓いた相場さん。黒字化を成し遂げ、新規就農希望者にとって頼れる存在に。地域の就農希望者サポート体制も整い、酪農での新規参入も決して無理なことではなくなっています。

 

※本記事内の価格等はすべて当時のものです。現状と異なる場合があります。


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