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児矢野 翔吾さん
こやの・しょうご さん|野木町出身。トマト農家で2年間の研修後、2019年に真岡市で就農。妻の夏海さん、友人の椎名啓太さん、鶴見純也さんとともに立ち上げたトマト農園「SUNNY SIDE FARM」の代表を務める。土を使わない養液栽培でミニトマトを生産し、就農1年目から黒字経営に成功。第3回[令和3(2021)年度]栃木県農業大賞の「芽吹き力賞」部門において「栃木県知事賞」を受賞する。現在は、60aの施設培地で11品種のトマトを生産し、県内外の約500店舗のスーパーのほかネット等で販売している。
https://sunnysidefarm-tochigi.com/
非農家出身、会社員からトマト生産者へ。きっかけは、お祭りの屋台出店!?
就農から3年を迎え、順調にトマト農園を発展させている児矢野さん。
身内に農家はおらず、前職も農業とは関係のない業界だったそうですが、どのような経緯で就農したのでしょうか?
農業をはじめる前は、消火器や消火栓といった消防設備の保守・点検を行なう会社に勤めていました。
勤務して3年ほど経った頃、先のことを考えたときに「このまま会社員でいるよりも、自分で何かをやりたい」と思うようになったんです。
それで、昔から音楽が好きで、お酒を飲みに行くのも好きだったので、最初はバーを考えました。
でも、身近にいるバーの経営者に話を聞くなどして調べたところ、新規で開業するのは難しいと知って諦めたんです。
それでも「自分で何かをやりたい」という思いはあったので、とりあえず休日は1円でもお金を稼ごうと、その手立てを考えていました。当時、この農園を一緒にはじめたメンバーの一人で、幼なじみの椎名さんが起業して民泊を営んでいたので、彼に休日を使って稼げそうなものはないかを話してみたところ、夏祭りの屋台に出てみようということになり、カレーうどんを作って販売しました。
何度か出店を続けたある日、農家さんから「規格外で出荷できないゴボウとニンジンがあるから売ってほしい」と頼まれ、一緒に売ってみることに。そうしたら、どんどん売れていったんです。
その経験から野菜の買取・販売に可能性を感じて、今度は野菜の仲卸業をやってみようと。でも、やはりこちらもはじめるのは難しいという現実に直面し…。それなら野菜の生産をしてみようと思ったのがそもそものきっかけですね。
情報収集は「会って聞く」。農地に出かけ、見ず知らずの農家に聞き込み調査
野菜の生産に関心が向いたとき、どんなことをしましたか?
休みの日に、椎名さんと一緒に地元の野木町やその周辺の農地に車で出かけて、農作業をしている人を見つけては声をかけ、栽培している作物のことなどをいろいろ聞いてまわりました。
不審がられ、「なんだお前ら!?」と怒られることも多かったのですが(笑)、中には作業場を見せてくれる親切な方もいて。とにかく農家さんに話しかけてリアルな情報を集めるようにしていました。
こういう地道な作業が苦ではない性格なので、のちに就農準備で農地を探す段階になったときも、同様の方法で情報収集をしました。
このときは、住宅地図を片手に地域をくまなく探索。空いていそうな農業用ハウスを見つけては近くの民家を訪ね、その持ち主について聞くということを繰り返しました。
最終的にはこの方法でのハウスや農地の確保には至らなかったのですが、今も親しくさせていただいている農家さんと知り合うことができました。
とあるトマト農家の栽培方法に衝撃! 固定概念が覆り、トマト栽培を決意
トマトを栽培することにした理由を教えてください。
農業をやりたいと家族に話したところ、父が幼なじみに農家がいると言って紹介してくれたのがトマト栽培の農家でした。実際に栽培現場を見せていただいたとき、自分が抱いていたトマト栽培のイメージとはあまりにも違っていて衝撃を受けたんです。
トマトについて知っていることといえば、小学生の頃に習った「畑で育つ夏野菜」という程度(笑)
でも、ここでは土ではなく養液でトマトを栽培し、コンピュータで生産管理。そのうえ、収穫はほぼ1年中できる。先進的な栽培現場に感動し、トマト栽培だけでなく農業そのもののイメージも変わりました。これがきっかけでトマトを栽培することに決め、研修もここで1年ほど受けさせてもらいました。
農業体験や研修について相談
1年間、野木町のトマト農家で研修。就農支援機関にもこまめに通って信頼を得る
研修中はどんなことを心掛けていましたか?
研修先で栽培技術から経営のことまで学ばせてもらったのですが、とにかくメモを取るようにしていました。社長が何気なく話した言葉や日々のハウス内の状況など、些細なことでも何か感じることがあればメモを取る。それから、自分が休みの日に社長が何をやっていたのかも聞いて記録していました。
このときのメモが就農一年目のときにとても役立ちました。作物がこういう状態のときはどんな手入れをしたのか、あのとき社長がどんなことを言っていたかなどを振り返りながら栽培でき、心の支えにもなりましたね。
それから、農業振興事務所に通って農地や融資について相談をしていたのですが、特に進展がなくてもなるべく足を運んで現状を報告し、就農支援の担当者とコミュニケーションをとるようにしていました。通っているうちに就農への熱意が伝わって信頼されるようになり、サポートをしてもらいやすくなったという実感があります。
離農する農家と出会い、そこでさらに研修。設備等を譲り受けて就農へ
野木町で研修を受けた後、真岡市で就農されましたが、その経緯を教えてください。
トマト栽培で生計を立てられる規模のハウスを新築するのは資金的に難しい。それを早い段階で知り、農業を辞める人からハウス等を譲り受けるかたちで就農しようと決めて、研修中から情報を集めていました。
すると、研修先で知り合った資材屋さんが「1年後くらいにトマト栽培を辞める予定の農家が真岡にいるよ」と、このハウスの元オーナーを紹介してくれたんです。就農のタイミングや、さまざまな条件がそろって譲り受けることに。野木町のトマト農家での研修後、こちらで1年ほど研修を受けて就農しました。
離農される方のハウスなど設備を受け継いでの就農ということで初期費用を抑えられたそうですが、実際にはどれくらいの資金ではじめましたか?
資金は、融資(青年等就農資金)が2,000万円、自己資金が300万円ほど。
このうち設備に1,000万円、運転資金に1,000万円程度をかけました。ハウスなどを譲り受けたとはいえ、最低限の設備に加えていろいろ買い足したり、軒高をアップしたりしました。
融資を受ける際には、必要経費を細かく割り出して書類に記入しなくてならないのですが、研修時に経営についても洗いざらい教えてもらったおかげで乗り切ることができました。もし、農業の研修を受けるなら、経営のことも教えてもらえるところを選ぶと良いと思います。
農地や空きハウス探しについて相談
4人で就農。先を見据えた「組織的な農業」で順調に規模を拡大
妻の夏海さんと友人の椎名啓太さん、鶴見純也さんの4人でトマト農園をはじめたそうですが、その経緯を教えてください。
農業をはじめようと思ったとき、そもそも一人でやるつもりはありませんでした。というのも、生産や販売、経理などを一人でこなすのは難しいと思っていましたし、どちらかというと農家になりたいというよりもビジネスをしたいという考えの方が強かったので、組織として役割を分担させて、規模を大きくしていこうと。
それで、幼稚園からの幼なじみの椎名さんと高校時代からの友人の鶴見さんを誘って、妻とともにはじめました。椎名さんは経営していた民泊の事業を譲渡して参加しました。
就農した年から収益が確保できたそうですが、何がポイントだったと思いますか?
1年目は無我夢中すぎてほとんど記憶がないのですが(笑)
仲間がいたからですかね。当時は4人で360日働いて、自分たちが動くことで経費を抑えました。手がまわらないときは、ありがたいことに各メンバーの家族に手伝ってもらえたので、これが大きなポイントかもしれません。
それから、販売先を市場に頼らず自分たちで開拓し、単価の高いスーパーなどのお店に出荷しているのもポイントのひとつだと思います。最初は7店舗への出荷でしたが、今では県外も含めて約500店舗に増えています。
とても順調に歩んでいるように見えますが、不安に思ったことや苦労したことがありましたら教えてください。
就農した当初は、収入の見通しが立つまですごく不安でした。「苗が病気になってしまったらどうしよう…」「朝、ハウスに行ったら全部枯れていた…なんてことにならないか」と考えてしまう日々。
でも、対策システムを新しく導入するなど、できる限りの未然防止策を図りました。なんとかこれまで大きなトラブルもなくやれています。
苦労したことといえば、研修で習った通りには作物が育たなかったことです。野木町で研修を受け、真岡市で就農したのですが、同じ県内でも、温度・湿度といった気候の違いやハウスの形状も違うので、すべてが習った通りにいくわけではありません。今では当たり前だとわかりますが、当初は理解できず…。ただ、そういう状況になったときに「なんでだろう」と原因を突き止めるのが好きだったので、そんなに苦労したとは思っていないですね。
不安な点はワンストップ窓口で解消
「実は農業ってはじめやすいし、奥が深くておもしろい!」
トマト栽培の魅力や農業をはじめて良かったことを教えてください。
一般のお客さんに対面で販売する機会もあるのですが、そのときに自分たちが栽培したトマトを「おいしい!」と言って喜んでいる姿を見るとすごくうれしいですね。トマトづくりの励みになります。
それから農業をはじめたことで、いろいろな農家さんと知り合うことができ、助け合う関係を築くことができたのも良かったと思っています。そのおかげで、新たな事業をはじめるきっかけにもなり、現在準備を進めているところです。
農業に興味を持った方にメッセージをお願いします。
農業は天候に左右されることが多く、思い通りにいかないこともありますが、それがおもしろさでもあると思っています。なぜこのような状態になったのか、原因を探って対策を考える。追究するのが好きな人は農業に向いているかもしれません。実際に3年ほどやってきて、「農業」を「科学」ととらえて向き合った方がいろいろと理解しやすいと実感しています。
過去に他業種への参入を諦めた経験から言うと、農業はほかの業界と比べてはじめやすいと思うんです。市町の農政課や農業振興事務所などの支援機関はありますし、補助金もあります。もちろん、就農は簡単なことではなくそれなりにリスクを背負うので、覚悟や熱意は必要です。ただ、ほかの業界と比べると行政のサポートが手厚いので、チャレンジしやすいと思います。
イメージだけで判断せず、自分でよく調べて実現の可能性を探ってみることをおすすめします。