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栃木県農業大賞について
栃木県の農業・農村を、子どもたちにとって夢のある、ますます人を惹きつける魅力あるものとしていくため、大きく変化する農業情勢に対応しながら農業経営の改善や農村地域の活性化、新たな着想による取り組みを行う農業者や団体を表彰する。「農業経営の部」「農村活性化の部」「芽吹き力賞」の3部門があります。
第4回栃木県農業大賞を受賞! 「株式会社ベリーズバトン」とは
いちごの生産量日本一を誇る栃木県の中でも生産量トップの真岡市で営まれている、いちご栽培の農業法人です。代表を務めるのは新井孝一さん。いちご栽培歴50年以上の農家の3代目として生まれ、平成20(2008)年4月に現法人の前身となる「新井農園」に就農。以来、いちご栽培の技術だけではなく経営面でも改善を試み、農園を発展させてきました。そして現在では、日本一のいちごの生産地の中でも質・量ともにトップレベルの実績を誇り、いちご生産のロールモデルとなる存在です。
■経営の特色
✅ 高設栽培や環境制御装置を導入し、効率的な生産を行っている
✅ 従業員を対象とした勉強会を定期的に実施し、従業員自らが考えて栽培管理に取り組むことができるよう教育している
✅ 販売では、JA 部会で平成 25(2013)年産から 10 年連続販売額第1位を達成。自社ホームページや EC サイトを活用するとともに、オリジナルのギフトボックスによる贈答用の需要にも対応している
✅ 令和3(2021)年度からは、いちご定植苗の受託生産にも取り組んでいる
■2022年の経営概要(栃木県平均値と比較)
(株)ベリーズバトン | 栃木県平均 | |
---|---|---|
栽培面積 | 130a | 26.8a |
単収/10a | 7.6t | 4.3t |
10a 当たり 売上額 | 1,000万円 | 528万円 |
■ここがスゴイ!
✅県内トップクラスの規模で生産を行いつつ、高い技術力と的確な雇用管理で県平均を大きく上回る単収を確保している!
✅従業員の声を反映した現場改善やいちごに関する勉強会の開催など、風通しが良く、働きやすい環境づくりにも熱心に取り組んでいる!
✅定植苗の受託生産にも取り組み、日本一のいちご産地の発展に大きく貢献している!
これらが評価され、2022年度栃木県農業大賞農業経営の部において大賞を受賞しました!
では、実際にどんな取り組みをしてきたのでしょうか。「経営」を中心に、「生産技術」「販売」「地域貢献」についてもそれぞれご紹介します。
安定経営のために取り組んだこと
就農時に抱いた危機感が出発点
平成20(2008)年に就農後、2年間は経営的には順調とは言えず、精神的にも肉体的にも苦しい時期を過ごしたという新井さん。農業のあり方やいちご農家の働き方に疑問を抱き、これでは将来農業を志す人はいなくなってしまうという危機感から、以下の取り組みをはじめました。
①農業ビジネススクールで学ぶことから開始
平成23(2011)年に栃木県農業大学校が開催する「とちぎ農業ビジネスクール」を受講。
全国の優良経営体の経営事例を学ぶことで、自身の農園の問題点を見つけ、経営改善への取り組みを開始。
②現場改善と営農スタイルの刷新
■問題点の把握
少人数で営農していたため作業が間に合わず、病害虫を発生させてしまい、休日が取れない状態が続いていた。そこで、病害虫発生による収量減を最少限に抑えるため、農薬の種類や散布時期の見直しを行い、以下を実施。
■改善のために取り組んだこと
【肥料】いちごにとって最も効率的に成分を吸収し、効果が出やすい方法を植物生理学から学ぶ。それを活かし、環境にも良い有機質肥料を多く使用。
【作業】技能実習生やパート雇用の増員。これにより適期の作業が可能になった。
この結果、就農から5年ほどで安定的な経営が成り立つ生産方法を確立した。
■(株)ベリーズバトン 経営状況の比較
2008年(就農当時) | 2013年 | |
---|---|---|
従業員数 | 10名 | 15名 |
栽培面積 | 80a | 100a |
単収/10a | 4t | 5.5t |
10a 当たり 販売額 | 400万円 | 600万円 |
さらに、自治体や民間の学びの場に参加し、積極的に知識を吸収することも続けた。
【参加したプログラム】
◎平成成29(2017)年 栃木県産業労働観光部工業振興課主催「モノづくり改善道場」
現場改善のトップランナーである日産自動車株式会社の現場改善のノウハウを学んだ。
◎令和元(2019)年 日産自動車株式会社の現場改善プログラムを2年間受講
可能な限り数字を用いて、「作業効率の見える化」や「マニュアル作り」を行った。この結果、作業が標準化し、生産性の向上に繋がった。
③事業継承と法人化 「株式会社ベリーズバトン」の設立(2019年)
就農から11年。令和元(2019)年10月に父親から経営移譲を受けるのとあわせて「株式会社ベリーズバトン」を設立し、代表取締役に就任。社名は「次世代にいちごづくりの伝統を事業として繋げたい」という思いから命名。
栃木県内では数少ない法人経営のいちご農家として、多数のメディア出演や講演を行い、栃木県のいちごの魅力を全国に発信。
④労働環境・労働条件の改善と組織開発
栽培面積や収穫量の増加に伴い、従業員数を増やすフェーズへ。しかし、採用募集をかけても若い人からの応募はなし。「農業は労働環境や労働条件が不十分 」という認識から応募がないと考え、労働環境を見直した。
■取り組んだ内容
◎新社屋を建設 ~従業員が働きやすい環境へ~
清潔でゆとりのある作業場や休憩室、会議室や更衣室、シャワー室、給湯室、応接室、洗濯室を設けた。また、近隣に宿泊施設がないため、インターンシップの受け入れ時に研修生が寝泊まりできる仮眠室も用意。
◎20~30歳代の女性とシルバー人材を積極的に雇用
若い人に農業の魅力を知って欲しいとの思いから20〜30歳代の主婦層を積極的に雇用。あわせてシルバー人材の雇用にも力を入れた。 現在は、20〜30歳代の正社員が4名在籍。応募が増えて、安定的に雇用できるようになり、従業員から農業に対するマイナスのイメージを払拭できる環境が整った。
◎スタッフの教育機会の確保
従業員には主体的に考えて行動することを求めているため、定期的ないちごの勉強会や毎週の改善ミーティングを通して十分な教育機会を確保。スタッフは各自責任感をもって業務に励み、キャリアを積んでいる。写真は肥料会社に講師を依頼して行ったいちごの勉強会の様子
⑤JGAP認証取得による安全・安心な生産管理体制の実現
令和2(2020)年、農業における食品安全・環境保全・労働安全などの確保のための生産工程管理を行うJGAP認証を取得。おいしいいちご作りはもちろん、消費者に安全・安心を提供できると考え、栃木県内ではいち早く認証を取得した。
※令和4年3月時点において、栃木県内のいちご農家でJGAP認証を取得したのは2社のみ
※JGAPとは
農業生産工程管理を指し、農業の持続性に向けた取り組みのこと。農場やJA等の生産者団体が活用する農場・団体管理の基準であり、認証制度です。詳細については画像をクリック(栃木県公式HPへ)
⑥スタッフの処遇改善、福利厚生の充実
法人化に併せて、従業員が働きやすい環境づくりに着手。社会保険労務士の指導を受けながら労働環境の見直しを実施した。
■取り組んだ内容
◎安全管理の見直し
労働災害ゼロを目標とし、危険箇所マップや保護具着用のルールを徹底。
◎従業員の処遇改善
[1]パート雇用から正社員への登用
従業員には労働保険、社会保険への加入や能力手当や役職手当等も積極的に導入。
[2]パート従業員の出勤時間を調整
生活スタイルに合わせた働きやすい労働条件に調整。
例えば、子育て中の20~30歳代スタッフ → 昼間(9時~15時)や月100時間(5時間/日×20日)
年配スタッフ(シルバー人材)→ 早朝から正午(7時~12時)
[3]休日は年齢や雇用形態等を考慮して設定
正社員 → 育苗期(6月~10月)は日曜日休、収穫期(11月~5月)はシフト制で週休1日
パート従業員 → 通年で土日祝休(週休2日制)
年配スタッフ → シフト制で週休2日制
上記のほか、有給休暇の消化も積極的に推奨。年末年始やお盆、夏季休暇などまとまった休暇を取得できるよう臨機応変に調整。
[4]定期的にランチミーティングを開催
毎週金曜日にスタッフ同士が気軽に話せるランチミーティングを実施。1週間の作業の振り返りや翌週の作業予定などをスタッフ間で共有したり、気づいたことや思ったことなどを発表し合うなど、スタッフ間で円滑なコミュニケーションが取れる機会を設けた。
以上のような取り組みにより、株式会社ベリーズバトンはいちごの生産において質・量ともに充実した次世代農業経営スタイルを確立しました。
生産性向上のために取り組んだこと
①基礎的技術の改善
一般的には、大規模経営になるほど難しいと言われるいちごの増収。
しかし、生産面積・単収・品質を等レベルで両立した独自の生産管理体制を確立し、増収を実現した。
■取り組んだ内容
◎異業種企業から指導を受ける
令和元(2019)年から日産自動車株式会社の担当者に月1回来園してもらい、QC的問題解決法やPDCAサイクル、5S (整理・整頓・清掃・清潔・躾)活動、作業標準化活動について2年間指導を受ける。これが生産性向上において大きな効果をもたらした。
◎生産技術の改善
外部から積極的に新技術を導入するため、農業団体や民間企業を通して情報収集及び研修を受け、技術の改善に取り組む。
【参加した研修会等】
・JAはが野いちご部会およびJAはが野いちご部会二宮支部いちご研究会
・芳賀農業振興事務所等県主催の研修会
・肥料・農薬メーカーとの情報交換
◎適期作業の徹底
作業の分業化・植物生理学の応用・作業計画に基づいた作業マネジメントによる適期の作業実施を徹底
◎土壌環境の改善
糞尿の動物性ではなく、地元 の籾殻と食品企業から出るコーヒーかすを堆肥化し、本圃に施用して土壌環境を改善。本圃の土壌分析を行い、土壌分析の結果からハウスごとに施肥のバランスを変更した。
◎反省会の実施
規模拡大に併せて収量や収益性を向上させるため、毎年いちご栽培の反省会を実施。
②先進技術、新品種等の導入
◎環境制御装置の設置
ハウス内の環境情報(気温・湿度・Co2濃度・日射量・地温)の定量化を行って「見える化」し、環境制御を行うことで光合成を最大化させるとともに病害虫を抑制。遠隔地で もスマートフォンから状況を確認することができ、作業の負担軽減と効率化につながった。
◎スタッフ間の連絡にアプリを使用
迅速に対応できるように業務連絡においてはLINEを活用。写真や動画を交えた報告などを行うことで効率化とともに、技術向上も図った。
◎ 新品種「とちあいか」の導入
令和2年産から導入。「とちあいか」は「とちおとめ」よりも大玉で作業効率が良い。酸味が少なく、香りや食感は消費者から好評を得ているため、年々「とちあいか」の栽培面積を拡大。反収は「とちおとめ」7t/10a に対し、「とちあいか」9t/10a と収量性に優れている。令和4年産は、全栽培面積の3割に当たる40aで「とちあいか」を栽培した。
販売のために取り組んだこと
①ほぼ全量をJAに出荷し、産地振興に寄与
収穫したいちごのほぼ全量(99%)をJAはが野に出荷。独自の契約規格を設け、卸売市場を経由することなく、新鮮ないちごをJAはが野からスーパー等の小売店に直接納品している。
また、JAはが野・JA全農とちぎ・卸売市場と連携して消費者のニーズに合った商品を開発し、6次産業化に取り組む。
②ECサイト開設、ふるさと納税返礼品への提供
自社のホームページを作成してブランディングを進めるとともに、販路拡大を図るため、ECサイトを開設。インターネット購入に対応できるようにした。また、オリジナルの贈答用箱を作成し、ギフト利用での高付加価値販売を行っている
令和5年産からは、真岡市のふるさと納税の返礼品として出品が決定。県内外へのPRにより、さらなる需要拡大を図る。
地域農業の発展のために取り組んだこと
① 新規就農者の育成
◎自社で実践研修を実施
新規就農者の独立自営就農を支援するため、平成29(2017)年から2年間の実践研修を実施。令和元(2019)年に1名の新規就農者を独立へと導いた。その1名は、JAはが野いちご部会総会において新規栽培者部門で新人賞を獲得。
◎若手社員の育成
20歳代~30歳代の若手正社員が一人前のいちご農業者になれるようにOJT、OFF―JTを組み合わせて教育指導を行う。
◎公的研修機関への協力
令和3年度に栃木県農業大学校に新設された「いちご学科」学生の視察研修先として、将来のいちご農家の育成に貢献。また、栃木県職員のGAP指導者養成研修の研修圃場として提供し、 GAP指導者人材育成にも貢献している。
◎地域貢献活動・雇用創出
地元小学校の社会科見学を受け入れのほか、地域の雇用創出にも取り組む。現在、正社員雇用4名、パート雇用16名を雇用(2022年)。また、近隣農業高校に出向いて会社の取り組みを説明し、意欲ある生徒の採用活動を行う。令和3年には1名を採用。
②定植苗を受託生産し、農業者の負担を軽減
◎生産者にとって負担の大きい「苗作り」を担う
いちご栽培は、苗作りから収穫まで14ヶ月の期間を要するため、農業の中でも休みが取りづらい。その上、苗作りは夏場の作業であり、病気が発生しやすいため、高齢の生産者がいちご栽培を辞めたり、新規就農者が就農する妨げになっている。
そこで、高齢者や新規就農者が安定していちご栽培に取り組めるよう、令和3年から「定植苗の生産事業」を開始。 これにより生産者の負担が軽減され、高齢者の早期離農を防ぐだけでなく、新規就農者の参入も容易になる。いちご生産量日本一の産地を守るためにこれからも地域に貢献していく。
あとがき
株式会社ベリーズバトンの農業経営の改善方法と発展について、「生産技術」「販売」「地域貢献」についても触れながらご紹介しました。
就農時に農業経営の厳しさに直面した新井さんは、より良い農業にしていくために、まずは経営のノウハウを学べるビジネススクールに参加。そこで得た知識を活かして問題点を正しく把握し、改善のための行動を起こしたことが大きな一歩だったのではないでしょうか。
それは、ただ自社農園の経営を安定させるためだけではなく農業全体の将来を考え、いちご生産者としてこれからの農業を牽引していく覚悟があっての行動ではないかと、これらの取り組みから伺えます。
生産者・消費者・社会の「三方良し」の経営で、これからさらに発展していくことが期待されます。