事例紹介
農業×福祉はWin-Winの関係を築く“農のカタチ”
「農福連携」というワードを知っていますか?言葉のとおり、農業と福祉が連携する、障害者が農業分野で社会参画することです。障害者は農作業を通して自信や生きがいが生まれ、農業者は新たな働き手の確保につながる取り組み。今回は2015年から農福連携を取り入れている下野市のきゅうり栽培農家・若林克成さんの事例をご紹介します。
INFORMATION
若林克成さん
株式会社若林ファーム|住所:下野市 栽培品目:きゅうり・ピーマン・にんじん・かぶ・ほうれん草 農場:約60,000㎡・ハウス10,000㎡ 従業員:妻と両親、シフト制で16名の従業員、農福連携の利用者さんは日によって変動
就農のきっかけは「もったいない!」から
若林さんが両親から農業を承継したのは2011年の3月1日。「ちょうど東日本大震災の年です。前職は車関係の営業で農業を継ぐ気持ちはまったくなかったのですが、知り合う経営者の方々から『実家にハウスもあるのにもったいない』と話を聞くことが多く、就農が視野に入りました。就農のタイミングで支援金も活用できてとても助かりましたね」
最初はほとんどきゅうりのみの栽培でしたが、今ではほかに、ピーマンやにんじん・かぶ・ほうれん草などを栽培しています。
人手不足は喫緊の課題
「当時栽培していたスナップえんどうは、採っても採っても採りきれない。採らないとグリーンピースになっちゃうし。忙しすぎてどうしようもない状態(笑)。人手不足の頂点でした。」
飛び込みでやってきた「農福連携」
「そんなときにやってきたのが従業員の募集案内を見た小山市の福祉施設の飛び込み営業。農福連携へのきっかけでした。スナップエンドウと同じく人手不足に悩んでいたきゅうりをとりあえずやってもらおう!」と。
ハサミでパチパチと切って収穫する作業をお願いしたそうです。特に問題もなく2〜3年はその施設のみとの付き合いでしたが、その後、農福連携のことを詳しく知り、ほかの施設との関わりも生まれました。
連携は次々と生まれて
近所のスーパーマーケットで若林さんのファームを知った福祉施設のスタッフが「作物をたくさん出しているから作業がありそうだ」と、また飛び込みでの訪問がありました。農場を持つ施設だったため、のちに若林さんが農業のアドバイザーを務める関係性にまで発展。施設関係者は農業の知識がないので、栽培技術などを伝授することにしました。「ハウスを増やし、機械を買い、赤字も解消しました。」と語ります。
現在は複数の福祉施設と契約している若林さん。とちぎセルプセンターを通した、県の「農福連携マッチング」も利用しています。セルプセンターには農業に興味のある150件ほどの福祉施設が登録されていて、作業依頼書などを提出することで適切な連携先を紹介してくれるそうです。人手不足の農家さんと、外で作業することが好きな利用者さんにとって、農福連携マッチングはお互いにWin-Winの関係が築ける取組です。
農福連携のメリットとは?
「これは収穫する?」「うーん。まだちょっと短い」「短い?」「うん」などと、利用者さんの意思決定を促して作業を進めていく様子は、ほのぼの温かな光景です。「黄色い葉っぱを取る作業はどんどん進めてくれます。判断が必要な作業は『気をつけてね』と声をかけ過ぎると心配して作業が止まってしまうこともあるので、流れをうまくつかみながら作業につなげます」と支援員※さん。
※支援員:福祉施設において障害者の日常生活を支援する職員。利用者の作業には支援員が付き添って作業を行います。
若林さんは「施設に入らず家にいる障害のある方もいるでしょうから、多様な人たちと連携することが大切だと思います。私は利用者さんと毎日接していますが、障害の有無で作業の差はほとんど感じません」と話します。
時間の有効利用
農福連携によるメリットをお聞きすると「一番は自分自身の時間ができることでしょうか。誰かが毎日来てくれることは大変助かります。初めての施設だったらまずは支援員さんに作業内容を伝え、支援員さんが利用者さんに指示を出します。利用者さんが入れ替わっても、支援員さんが作業内容を理解しているので、私が作業の指示をする必要がなくなるわけです。また、利用者さんは真面目で欠勤が少なく、欠勤があっても人数調整は施設の方でしてくれるので、誰も来ない日はほぼありません。収穫作業だけでなく、きゅうりだったら毎日手入れをしても間に合わないほど農作業には終わりがなくて。人数が2〜3人増えたら、従業員を誘引や葉かきの作業に回すことができます」
いい施設と出会えることもポイントだと言います。支援員さんが利用者さんと一緒になって収穫を楽しんでくれたり、夏場のハウス内の作業での水分補給や休憩などの指示もしてくれたり。支援員さんが様々に指導してくれることは安心材料かもしれません。
人手不足への解決策の一つと思われる農福連携。若林さんが利用者さんに寄せる信頼は厚いものがあるようです。「真面目でサボらず素直で明るい。何でもできるような気がしますね。どんな作業でも預けてしまいます。『今日はここまでやっといて』と言えば『はーい』って(笑)。楽しんで競争しながら作業を進めてくれることもあります」
農福連携において気をつけることも聞いてみました。「健常者でも人材育成には時間がかかりますよね。利用者さんのために仕事を作ることを面倒に感じる人もいるかもしれません。一度人を切ってしまうと同じ人が二度と来なくなるため、繁忙期だけの雇用と考えるのは難しい。 一年を通して仕事を切らすことがないように心がけています。 にんじんが終わったらかぶの収穫、次は草むしり、その次は片付けなど。 こちらの繁忙期だけに合わせて来てもらうという考えではうまくいかないと思います。また、開所時間が9時からなので、そこから送迎、農場に到着して作業の開始。朝5時からの収穫作業は担ってもらえません。さらに繁忙期に長時間お願いするとすれば、トイレや水道などの設備や休憩スペースも必要になるでしょう。でも、それは従業員さんを雇っても同じことですよね。パートや派遣・シルバーさんなどでも雇用の確保は難しい課題だと思います」
これから農福連携を始める方へのメッセージ
「デメリットはないとは言いませんが、プラスマイナスで考えるとメリットの方が大きいと思います。農業は毎日がチャレンジ。農業の場合、何か思いついたら、そのタイミングですぐに取りかからないと実際に作付けできるのは次の年になってしまうこともあるからです。農業歴40年といっても、その作物を40回しか作っていないともいえるわけです。工業製品とは違いますが、40年経っても40回の経験では少し足りないと思うんですよね。だから、いいと思ったことはすぐにやってみます」
福祉施設との連携もその一つ。「うちの工賃は微々たるものだと思いますが、施設さんの話を聞くと内職などの工賃と比べると高いそうです。利用者さんにとっては、最終的には一般就労※してもらえることがゴールですが、人材育成も投資の一つと考えますし、長い目でみていきたいです。最初の1日、2日で判断しないで1か月ぐらいは様子をみてほしい。また、家族経営の場合には雇用の考えをしっかり持って対応するといいと思います」
※一般就労:障害者職業訓練等を通じて、一般企業に雇用されること。
福祉的就労:障害者を雇用する専用事業所(福祉施設等)に就職して支援を受けながら働くこと。農福連携マッチングは、福祉的就労にあたります。
仕事をしながら社会貢献
これから農福連携をはじめる農家さんに伝えたいことは「農福連携の良いところは、社会貢献活動になっていることです。一緒に仕事をしながら会社も成長し社会貢献もできる。会社の売り上げを上げたり規模を大きくしていったりするプライドや信念もあるので、ビジネスを縮小せずに続けていきたいです」
若林さんのような先を見据えた経営者の目線からの農福連携には「福」がいっぱい。農福連携は、まさに「福」を呼ぶ奥の手なのかもしれません。
関連情報紹介
栃木県ではユニバーサル農業を推進しています!
栃木県では、農業が持つ教育や癒やし等、多様な効用により県民誰もが取り組め、親しむことができる「ユニバーサル農業」を推進しています。このような中、農業における労働力の確保及び障害者の工賃向上につながることから、農作業の受委託をマッチングする取組を行っています。
農福連携マッチング事業
栃木県では、農業分野への障害者就労を促進するため、「とちぎセルプセンター」を中心として「農業」と「福祉」双方の意向を集約し、マッチングを進めています。
ユニバーサル発展支援事業
農業者と福祉施設等とが連携した実践手法の検討の場づくりや、障害者等が参画する農業研修、農業体験等の取組や生産された農産物や加工品に、より付加価値を創出する取組等に対し、地域の実態に応じて総合的に支援しています。